浦沢直樹『20世紀少年』1巻 小学館 2000年

 「俺達は今,あの頃夢見たような,大人になっているだろうか・・・・今の俺達を見て,あの頃の俺達は笑うだろうか・・・・」(本書より)

 1997年,コンビニエンス・ストアを経営しながら,平凡な毎日を送るケンジ。しかし,彼の幼友達で,高校教師のドンキーが自殺したのを契機として,なにかが変わりはじめる。死の直前,ドンキーが出した手紙に記された奇妙なマーク。ケンジは彼の自殺の理由とそのマークの意味を追い始める・・・

 さて『MONSTER』で類い希なるストーリィ・テラーとしての才能を発揮しているこの作者の新作は,「本格科学冒険漫画」と名づけられています。しかし,この第1巻では,物語の核心は,まったく姿を現していません(すでに描かれているのかも知れませんが,なにが「核心」なのか,明示されていません)。ただ,冒頭において,20世紀末,人類が未曾有の危機に直面するけれど,数人の人々によって救われた,ということが明らかにされており,そのいまだはっきりとされていない「危機」こそが,この物語の核心であることが匂わされているのみです。
 作者は,その正体不明の「危機」へと至るストーリィを,3つの流れを「プロローグ」として描くことで,語りはじめます。ひとつは,主人公ケンジとその友人たちをめぐる「1997年」の物語です。ケンジは日常にずっぽりと埋もれて日々を送っています(そのことは,彼が主義を曲げてカラオケを歌うシーンや,友人ケロヨンの結婚式シーンに象徴されています)。しかし,幼友達ドンキーの自殺をきっかけとして,彼の中でなにかが変わりはじめ,彼は友人の死の原因と,彼が残した不可解なマークの意味を追い始めます。
 もうひとつは「1969年」,ケンジたちの少年時代の物語です。秘密基地,探偵ごっこ,駄菓子屋,夜の学校への侵入などなど,1960年代の子どもたちが,とくに少年たちが誰でも経験したであろうさまざまな物事が散りばめられながら,ノスタルジックに,そしてミステリアスに展開していきます。そして,少年時代の彼らが「本当の友達」の印として描いたマークこそが,1997年,自殺したドンキーがケンジに残したものであることが,読者の前に提示されます。
 さらにそのマークは,3つ目の物語とリンクしていきます。宗教団体とも,自己啓発セミナともつかぬ,不可解な団体の物語がそれです。“ともだち”と呼ばれる指導者を中心に作り上げられたその集団が掲げるマークもまた,その「仲間の印」と同じデザインをしています。「ともだち」「絶交」「仲間」といった,それ自体は邪気のない言葉を用いながらも,彼らは対立する宗教団体に対してテロリズムをしかける不穏な団体であることが,しだいに明らかにされていきます。その用いる言葉の幼児性と,行動の過激性とのギャップが,その団体の不気味さを増幅させています。
 巨大な眼球と人差し指を立てた左手のマーク――その共通性が,これら3つの「プロローグ」が,将来,合流することを暗示しています。“ともだち”とは何者なのか? ケンジたちの古い友人のひとりなのか? その目的はなんなのか? 人類が直面するという危機とはどう結びつくのか? 物語は,ようやくその鳥羽口に立ったに過ぎません。

 それにしても,この作品で描かれる少年時代のケンジたちの姿は,はっきりいって,他人事ではないんですな,これがまた・・・^^;;

00/02/29

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