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庭内を流れる保津川を見下ろすように建つ神社が御庭神社である。旧鶴丸城内や仙巌園内外にあった いくつもの神社を大正七年に合併し、社殿を新築したものである。 |
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わが国における江南竹の発祥の地。 1736(元文元)年、琉球を通じて中国から江南竹2株を取り寄せ、この地に植えたのがはじまりである。 |
B/曲水の庭
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江戸時代、江南竹林の移植と前後して作られたと推定される曲水の庭は、当時の姿をよく伝える名庭として脚光を浴びている。 |
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29代忠義は、1892(明治25)年、斉彬の遺志をついで就成所を造り、その一部の事業を継承した。 このダムは、その工場の発電用のダム跡である。ここからの送電によって、御殿や庭のア−ク灯に 明かりがともり、就成所と御殿を結ぶ自家用電話が設置された。 |