小池真理子『贅肉』中公文庫 1997年

 玉石混淆といった感じの,5編よりなる短編集です。

「贅肉」
 知的で美貌の持ち主だった姉が,母親の死,そして恋人との別れを契機に過食症になってしまう。病的に肥る姉に,妹は複雑な気持ちを抱く。それは殺意なのか,憐憫なのか…
 怖い,というより,不気味な小説です。確実に破滅に向かっている人間を,端から手を出さず,ただ見守ることは,はたして殺意なのか? なかなかむずかしいですね。最初のところで,子どものときの友人の肥った母親が大好きだったというエピソードを入れることで,妹が姉を嫌うのは,デブだからではなく,心が狭いからだ,という風に描くところは,うまいと思いました。デブだから嫌った,ということになれば,おそらく多くの読者の反感を呼んだことでしょう(笑)。
「ねじれた偶像」
 友人から「自分の夫は連続強姦殺人犯だ」と相談を受けた典子は…
 80ページほどの作品ですが,ちょっとこのネタでこのページ数は長すぎるのではないでしょうか? 途中,ちょっと中だるみがします。また結末も,見当がつきつつ,なおかつとってつけたような印象があります。もっとコンパクトにまとめれば,オチの不自然さも,あまり気にかからなかったかもしれません。ただ結末にいたるきっかけ,いわば「オチかた」はけっこうおもしろかったです。
「一人芝居」
 気弱な青年が,近所に住む人妻に横恋慕。彼は,テレビの俳優を気取りながら,彼女に近づくが…
 「小さな狂気」が,「大きな狂気」に飲み込まれてしまう話です。「セメント」という言葉の持つ意味が,伏線として効いています。青年が人妻が出したゴミをあさるシーンは,気持ち悪かったです。たしかに出したゴミって,無防備なものですからね。やはりゴミは朝出しましょう(笑)。
「誤解を生む法則」
 セクハラ疑惑で会社を辞めた男。彼が,気が進まないまま,故郷に帰る途中,ある女性を見かけたことから…
 いるんですよね,こういった「学習能力」のない人って。結末はいただけません。
「どうにかなる」
 福祉施設に住む老婆。散歩に出た公園で,ひとり暮らしの老婆と知り合いになり…
 これまた不気味な作品です。なにかこう,すごく不安定な一輪車で,断崖絶壁のきわを走る人の姿を見ているような。それでいて走っている本人は,目隠ししていて,そんなことなにも知らずにいる。そんな気分です。「甘いものを買うことができる間は,何も考えずにいよう」というセリフは,それこそ考えてみれば(笑),怖いですね。また結末のような結末でないような終わり方が,よけい不気味です。

97/04/18読了

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