筒井康隆『座敷ぼっこ』出版芸術社 1994年

 「ふしぎ文学館」と題されたシリーズの1冊。シリーズタイトルからもわかりますように,不思議な話,奇妙な話,不気味な話,SFな話,幻想的な話,などなど,掌編短編25編をおさめた作品集です。初出も,古いもので1962年,新しいもので90年と,かなり幅広いのもうれしいです。おまけに巻末に92年までの「筒井康隆著書目録」もついています。ツツイストな人も,そうでない人も,かなりお買い得な1冊ではないかと思います。

 いずれも,それぞれに味わいのある作品なのですが,25編全部にコメント付けるのは,さすがにちょっとしんどいので,とくに気に入った作品のみ挙げます。

「群猫」
 華やかな都会の地下奥深く,いま,白い猫たちと白い鰐との死闘が始まる…
 ペットで捨てた鰐が,ニューヨークの下水道で育っている,という都市伝説が元ネタのようです。この作品では,猫も鰐も,地下で十数世代を過ごし,眼は退化,色は白くなり,しかしそのかわりテレパシが発達する,という設定です。場面を想像すると,不気味ではありますが,幻想的な雰囲気もあります。
「ベムたちの消えた夜」
 火星に宇宙船が着陸した夜,SF作家の“おれ”は,公園で宇宙人に遭遇する…
 主人公のフィクションとしての火星への想い,宇宙人に遭遇したときのパニック,後半のあまりに日常的な風景,それらが等分に描かれることで,シニカルでいて,もの哀しい作品になっています。
「廃墟」
 核戦争後(?),廃墟に生きる,チル・ガル・マア・ムウの4人…
 皮肉っぽいオチのショートショートではありますが,作品全体が重く暗いトーンに覆われています。
「チョウ」
 ある日“ぼく”が見つけたチョウは,どんどん大きくなり…
 子供の日記の体裁で書かれた作品です。“チョウ”は公害のメタファなのかもしれません。
「わが良き狼(ウルフ)」
 20年ぶりにルピナスの街に帰ってきたキッド。そこは,若い頃の彼が仲間とともに大冒険を繰り広げた街だった…
 スペース・オペラや活劇アニメの後日譚という作品です。セクシーで気の強い酒場の女は,単なる酔っぱらいの老婆,力持ちのロボットは倉庫の奥でガラクタ同然,みんなのマドンナは平凡な教育ママになる。そして宿敵ウルフも,いざり車で子供たちにからかわれる毎日。ヒーローのキッドもまた,田舎星で用心棒や保安係。残酷に,それでいて限りない哀惜を込めて描かれた「夢の終わり」です。ラストシーンには思わずホロリとしてしまいました。わたし自身,20年ぶりくらいの再読です。
「佇む人」
 自由な言論が圧殺された時代,反体制者は「人柱」にされ…
 これもずいぶん久しぶりの再読ですが,かつて読んだことをまったく忘れていて,読み進むうちに,再読であることに気づきました。それとともに最初に読んだときのショックもまた思い出しました。不気味でグロテスク,そして深いやりきれなさに満ちた本作品は,SFホラーの逸品ではないでしょうか。
「遠い座敷」
 宗貞は,“家に帰るため”,恐怖に打ちふるえながら,えんえんと続くかに見える“座敷”を通り抜けていく…
 奇妙な設定も不気味ではありますが,古い大きな家が持つ独特の薄気味悪さがにじみ出てくるような作品です。「床の間」って,子供心に,どこか不可思議で「怖い」空間だったように思います(「床の間で遊んじゃいけない」という親の言葉と関係しているのかもしれません)。。
「かくれんぼをした夜」
 ある夜,てっちゃんたちは小学校に残ってかくれんぼをした…
 どこか「作文」を思わせる淡々とした文章でつづられた,童話のような作品。「子供の頃の忘れがたい一日」を,そしてそれに対する思いを描いた作品です。読んでいて不覚にも目が潤んでしまいました。
「母子像」
 ふと買い求めたサルのおもちゃ。その直後,妻と息子が姿を消し…
 この作者のアンソロジィにしばしば収録される作品です。やはり何度読み返しても,誰もいない大きな古い家の中,首のない母と赤子の姿は,ゾクリとするラストシーンです。

97/09/16

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