梁石日(ヤン・ソギル)『Z』幻冬舎文庫 1998年

 在日朝鮮人作家・朴敬徳(パク・キョンドク)は,両親の生まれ故郷・韓国済州島を訪れ,自分が戸籍上,死亡していることを知る。その手続きをしたチョッカ(従兄の息子)朴大順を探す彼は,殺人事件に巻き込まれる。その背後には,韓国の暗部に潜む「Y秘密組織」,そして謎の虐殺者「Z」の影がちらつく。朴敬徳が事件の果てに見いだした真相とは・・・。

 日本による朝鮮支配,朝鮮人の強制連行とその後の差別,朝鮮民族独立を阻んだ戦後の東西冷戦体制――日本と韓国(朝鮮)との間に横たわる歴史的暗部,それはけっして「歴史」に属するものではなく,「従軍慰安婦問題」に象徴されるように,連綿と現在まで引き継がれています。この作品が描き出そうとしているテーマは,深刻かつ重いものです。

 しかし,一編の物語としては,残念ながら成功しているとはちょっと言えません。
 物語の前半1/3,自分が戸籍上死亡していることを知った主人公は,その元凶・朴大順を探し出そうとしますが,つぎつぎと殺人事件に巻き込まれます。そして急速に接近してくる韓国内務省,「Y秘密機関」「Z」という謎の機関と人物。このあたりの展開はサスペンスフルで,緊張感を保ちながらぐいぐいと読み進めていけます。
 そして,ストーリィの半ばあたり,舞台は現代から,1945年の朝鮮へと移ります。日本の敗戦により,朝鮮独立に燃える人々を描き出すとともに,彼らの希望を押しつぶしていく冷酷な国際政治の力学,そしてその陰で暗躍する秘密警察の残忍な拷問を描写していきます。とくに,韓国と北朝鮮の境界線=北緯38度線が,わずか30分の協議で決定されたという事実は,現在まで続く国家・民族の分断,そしてその「線」が,アジアさらには世界の軍事的緊張の中心地のひとつであることを考えると,あまりにヘヴィに「歴史の皮肉」と言えるかもしれません。
 さて,こんな風に現在と過去というふたつのストーリィが展開されるならば,クライマックスで両者が結びついていくのは当然の流れなわけですが,その展開の仕方はとても成功しているとは言えません。それまで顔ひとつ出さなかった人物が突然キーパーソンとなり,また伏線ひとつ引かれないまま,前出のキャラクタが,その正体を現す,といった具合です。「おいおい,ちょっとまってくれよ」と言いたくなる展開です(「ミステリじゃないんだからいいんじゃない?」と言われるかもしれませんが,あまりに唐突ですからねぇ・・・)。
 なんだか収拾のつかなくなった物語を強引に幕引きさせるような感のあるラストのドンパチは正直いただけません。途中までの国際的陰謀がらみの殺人事件をめぐるサスペンスフルな展開,朝鮮の置かれたシビアな歴史的状況に対する力強い描写が,興味深くまた楽しく読めただけに,なんとも残念です。
 物語の謎の中心のひとつである「Y秘密機関」も,結局,よくわからないままになってしまったのも不満のひとつですね。

98/07/31読了

go back to "Novel's Room"