折原一『誘拐者』東京創元社 1995年

 フリーカメラマン・布施新也が撮影した1枚のスクープ写真が,写真週刊誌に掲載されたことがはじまりだった。その写真に偶然写しこまれたひとりの男をめぐって,血腥い連続殺人が幕を上げる。そして殺人事件は20年前の乳幼児誘拐事件と深く結びついていた・・・。

 東京創元社の「GOLDEN 13」の完結作であるとともに,この作者による一連の「○○者」シリーズ(?)の記念すべき第1作です(出版社が違うので「シリーズ」と呼んでいいのかどうかはわかりませんが)。毎回,こねくり回された“叙述トリック”で,頭を悩ませてくれる作家さんですが,この作品は,どちらかという『沈黙の教室』なんかに近いテイストを持った重厚で濃密なサスペンスではないかと思います(読んでいて息苦しさ(<褒め言葉)を感じたのは,単にわたしが風邪をひいて鼻が詰まっているせいだけではないでしょう)。

 冒頭に提出される「“月村道夫”とは一体何者なのか?」という謎から始まって,布施に月村のことを問い合わせてきた“大島敏子”の死,20年前に起こった乳幼児誘拐事件とその顛末,月村とその内縁の妻・小田切葉子の周囲にちらつく謎の影・・・,と,物語は,いくつもの大きな謎,小さな謎を飲み込みながら進んでいきます。
 そして月村をめぐる人々に襲いかかる連続殺人。殺人者は誰なのか? その目的は? 月村と殺人者はいったいどういう関係にあるのか? 登場人物がそれぞれの立場からそれぞれの言葉で事件を語りますが,さながら核心部の周囲をぐるぐる回るばかりで,けっして核心そのものには触れようとしません。殺人事件が20年前の誘拐事件に端を発していることは,見当がつくものの,具体的にどう結びつくのか,というところが,物語を牽引する中心的な謎として,ストーリィを押し進めていきます。ここらへんの(もったいぶった(笑))描き方は,“叙述トリック”を得意とする,じつにこの作者らしいものです。

 さらに,連続して起こる殺人事件自体,首と両腕が切り離されるという,おどろおどろしいバラバラ殺人なのですが,なんといっても秀逸なのが,その恐るべき殺人者の描写でしょう。この作者の作品ですから,例によって,殺人者の“素顔”は巧妙に伏せられ,その正体については最後の最後まで油断できませんが,強迫観念に取りつかれ,狂気にかられつつも,冷酷かつ大胆に殺人を繰り広げていく殺人者の姿は,その粘液質な文体と相まって,なんともおぞましいものがあります。こういったストレートに暴力的なキャラクタの女性殺人者は,けっこう珍しいタイプなのではないでしょうか。
 そしてエンディング,二重三重のツイストを経て,殺人者の正体と真の目的が明らかにされます。アナグラムの方は「なんでこんなことするのかな?」というような不自然さがありましたが,その直後に明かされる殺人者の正体は,作中,何度か繰り返して出されていた“謎”が伏線となっていて,なかなか見事な着地だと思います。
 また折原作品にはめずらしく,比較的後味がいいのもよかったですね(笑)。

98/02/22読了

go back to "Novel's Room"