白石一郎『弓は袋へ』新潮文庫 1991年

 「夢は子の代にまではつづきませぬ」(本書「ゆめの又ゆめ」より)

 戦国時代の終わり頃から江戸時代のはじめまでを舞台にした短編7編を収録した時代小説集です。

「弓は袋へ」
 幕府の奸計にはまって,城を明け渡すことになった福島正則は…
 福島正則が,徳川幕府(あるいは家康)によって押しつぶされていく原因を冷徹に見据えながらも,この直情径行,豪放磊落,そして何よりも家臣思いのこの人物に対して,作者は暖かい愛情を持っているのではないかと思わせる作品です。
「武辺の旗」
 後藤又兵衛基次は,主・黒田長政と反目し藩を離れるが…
 ともに武将として名高い黒田長政後藤又兵衛,そのふたりを時代の流れ−戦乱から泰平へ−の中で対置させながら描き出しています。又兵衛の長政に対する想いの変遷には,味わい深いものがあります。
「ゆめの又ゆめ」
 秀吉の死後,正室・おねは大坂城を去り…
 ねねかと思っていたら,秀吉の手紙の中ではおねと書いているようです(歴史的には「ね」としか伝わっていないようです)。彼女は,豊臣秀吉という稀代の英雄の妻であるがゆえに,戦国武将ばりの,冷静に世の中の流れ(豊臣家滅亡への流れ)を見ることができたのかもしれません。しかし同時に,出世する前の秀吉(藤吉郎)と過ごした日々への想い,淀君秀頼に対する嫉妬と疑惑,そういったものを抱え込んで余生を送る彼女の姿は,ひとりの等身大の女性でもあります。秀吉への,突き放したような評価と愛情とが入り交じったラストは秀逸です。本集中,一番楽しめました。
「台南始末」
 台湾を占拠したオランダ人と衝突した浜田弥兵衛は…
 ヨーロッパ人がアジアを席巻したのは,彼らが「優秀」だったわけではなく,単に道義をわきまえない「乱暴者」だったからというお話(笑) この作者の,その後の「海洋時代小説」へとつながる作品なのでしょう。
「怨霊譚」
 古代からの名家・宗像氏が滅んだのは,祟りのためだと言い伝えられ…
 伝えられるところを,そのまま小説にしたそうです。たしかに物語の骨格は,いかにもの「因果応報譚」ではありますが,やはり個々のシーンは,作者の脚色が入っているのでしょうね。発端となった山田の局・菊姫の惨殺シーンや,怨霊が乗り移って母親照葉の喉笛を娘お色が噛みちぎるシーンなど,かなり映像的なインパクトがあります。
「まっしぐら」
 兵法家・丸目蔵人佐長恵…ただただおのれの剣技に磨きをかけるに余念なく…
 時代の変化に翻弄された人物を描いた作品が多い中,そんなことは気にもかけず,タイトルにあるように「まっしぐら」に剣の道を歩いた人物を主人公としている点,本集中,異彩を放っています。柳生親子二代にわたって,口車に丸め込まれてしまう主人公の姿は,コミカルであるとともに,同じ剣豪であっても政治的な柳生親子とコントラストをなしていて,不思議な爽快感があります。
「阿波の狸」
 阿波の新領主・蜂須賀家政の側室となったお春の人生は…
 視点をお春に設定したことが,小説作法として適切だったかどうかは,いまひとつ疑問ですが,蜂須賀家政の「狸ぶり」の描き方はいいですね。とくに「狸なりの心労・苦悩」を,その行動で活写しているところは見事です。

05/05/01読了

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