ウィルキー・コリンズ『夢の女・恐怖のベッド』岩波文庫 1997年

 ミステリの古典『月長石』の作者による短編8編をおさめた作品集です。最初は,19世紀中頃の,もってまわった,まどろっこしい文章に少々辟易するところもありますが,慣れてくると,それなりに味わいが出てきます(でも『月長石』は,中学の頃,途中で挫折した,という暗い過去があります(笑))。現在のミステリやホラー,サスペンスのプロトタイプというか,原型というか,そんな雰囲気をもった作品群です。気に入った作品にコメントします。

「恐怖のベッド」
 場末の賭博場で大勝ちした“私”は,勝利の美酒に酔いすぎ,その賭博場に泊まることになったが…
 ちょっと前振りが長すぎるところもありますが(このことは各短編全体にも言えることです),主人公がぼんやりと眺めている絵画が,上半分からしだいしだいに隠れていくところの描写は,秀逸です。
「黒い小屋」
 父親が仕事でいない夜。一人娘は,思わぬ大金を預かるように頼まれ…
 預かった金を奪おうとする悪漢と,たったひとりで必死に健気にそれを守ろうとする娘との攻防は,なかなか緊迫感があります。前半部での小屋がなぜ堅牢に作られているのかという描写が,後半生きてきているのもいいですね。
「家族の秘密」
 のろまだけど,“私”が大好きだったジョージ叔父さん。彼は,姉の死と時を同じくして姿を消した…
 なぜ叔父は失踪したのか? という謎が物語のメインとなります。ジョージ叔父さんの寂しい死が哀しいだけでなく,彼をそう追いつめた“家族の秘密”もまた,哀しく残酷です。
「夢の女」
 不運の男アイザックは,ある夜,自分を殺そうとする女の夢を見る。しばらくして,彼はひとりの女と結婚するが…
 夢がしだいに現実化していく恐怖,そしてそれがいつまた甦るかわからないという恐怖。未解決なまま終わるラストが怖いです。
「探偵志願」
 文房具店で起こった盗難事件を解決するため,探偵志願のマシュー・シャーピンは勇んで捜査をはじめるが…
 3人の人物の間で交わされる往復書簡からなる作品。解説によれば,書簡体で書かれた最初の推理小説という説もあるそうです。一種の叙述ミステリと呼ぶこともできる作品だと思います。傲慢不遜なシャーピンの姿がユーモラスに描かれていて,楽しんで読めました。
「狂気の結婚」
 なぜ私たち夫婦がそろってアメリカに行ったのか,そのわけをお話ししましょう。けっして狂っているからではありません…
 遺産相続をめぐる親族の陰謀で,“狂気”のレッテルを貼られ,軟禁される主人公が,妻や友人の協力を得て,病院から脱走するという話。現代にも通じる話で,冒険小説的な味わいもあります。

98/01/09読了

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