柴田よしき『柚木野山荘の惨劇』角川書店 1998年

 ミステリ作家・桜川ひとみの同居人である“俺”正太郎は,彼女の友人・鳥越裕奈の結婚式に出席するため,奈良山中の柚木野山荘を訪れた。ところが突然の土砂崩れのため山荘は孤立。さらに出席者の間には盗作や脅迫といった,不穏な空気が流れはじめる。そして起こる毒殺事件! 文字通り「ユキノ山荘」に閉じこめられた人々を襲う犯人はいったい誰だ!?

 主人公の“俺”こと正太郎は,「上から見たらほぼ黒いが,腹と左前足の先は白い」猫であります。猫を主人公にしたミステリといえば,日本では(本書でも触れられている)赤川次郎「三毛猫ホームズ・シリーズ」が有名ですし,海外でも(未読ですが)リリアン・J・ブラウン「シャム猫ココ・シリーズ」というのがあるようです。そのほか,ホラーやSFでも,猫あるいは猫型の異星人はしばしば目にします。なぜ猫という種族は,これほど作家さんの想像力を刺激するのでしょうか?
 おそらくそれは,猫がこんなにも人間のすぐそばにいながら,まったくといっていいほど「役に立たない」からでしょう(あ,そこの猫好きの方,石を投げないで!)。猫の対照としてよく取り上げられるの場合,たとえば警察犬盲導犬狩猟犬など,さまざまな面で人間の役に立っています。他の家畜―羊や馬,豚など―も,食料として資源として動力として役立っています。しかし「警察猫」は,気が向かないと仕事はしないだろうし,「盲導猫」などには,目の不自由な人は間違っても自分の命をまかせたくないでしょう。「狩猟猫」は,獲物を捕らえても絶対に飼い主のところに持ってきそうにありません。
 きわめて身近なのに,なんでいるのかわからない・・・そんなところが猫にミステリアスな雰囲気を与えているのかもしれません。また先ほど「警察猫」は気が向かないと仕事をしない,などと書きましたが,そこらへんは,ミステリに登場する「名探偵」に近い属性といえるでしょう。「犯人を狩る」探偵役というところも狩猟動物である猫の性格に近しいと思います。わたしの中で,「警察=犬」「探偵=猫」という図式がインプリンティングされているのかもしれません。
 ま,ぶっちゃけていって,猫という動物は,ミステリアスな物語によく似合う,といえましょう。

 本編と関係ない方向に妄想が膨らんでしまいましたが(笑),この作品には,「クローズド・サークルで起きる連続殺人」という普通の(?)ミステリ的な部分と,猫を主人公とすることによって生じるファンタジィ的な側面という,ふたつの「顔」があるように思います。両者は相互に絡み合いながらストーリィは展開していくわけですが,途中まではそれなりに巧くいってますし,ユーモア感のある“俺”の語り口も楽しいです。ただラストがどうもいまひとつという感が免れません。たしかによくよく読めば,ミステリの部分はミステリとして決着し,ファンタジィの部分はファンタジィとして着地します。しかし両者は微妙なところで浸潤しあい,それが互いに効果的であればいいのですが,むしろ逆に弱めているように思えます。とくにミステリ的部分の決着に,ある種の「不鮮明さ」を与えてしまっているように感じられます。
 もちろん近年のミステリは,「なんでもあり」といった状況がないでもありませんので,このラストも,ひとつのあり方としてありえるのでしょうが,ちょっと中途半端な印象が残ってしまったのが残念です。

99/02/22読了

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