泡坂妻夫『妖女のねむり』ハルキ文庫 1999年

 古紙の中に紛れ込んでいた樋口一葉の手稿の出所を追って,諏訪を訪れた柱田真一は,長谷屋麻芸から「自分たちは前世において恋人だった」と告げられる。彼女に言いしれぬ懐かしさを感じる真一は,次第に彼女との神秘的な関係を信じるようになるが・・・

 圧倒的な有利さでゲームを展開させてきた「黒」,ところがある1点に置かれた「白」によって,パタパタと形勢が逆転されてしまう・・・まさにそんなオセロ・ゲームのような作品です。

 物語の前半は,神秘的でスーパーナチュラルな展開です。柱田真一は,長谷屋麻芸から,彼は平吹貢一郎の生まれ変わりであり,前世において麻芸の過去世である西原牧湖と恋人であったと告げられます。過去世においてふたりは心中という不幸な結末を迎えていたと・・・。そして彼女から示される,輪廻転生のさまざまな証拠,それは真一の不可思議な体験と相まって真実味を増していきます。さらに追い打ちをかけるように,黒光教慈恵会の教祖黒光様からのご託宣。
 泡坂作品は好きなのですが,朴念仁のせいか,いわゆる「男女の機微」を描いたとされる作品は苦手ですし,また,そういった作品ではなくても,わたしの嗜好と馴染まない作品がないわけではありません。ですから,こんな前半の展開を読みながら,「をいをい,いったいどこへ行こうとしているんだ,この作品は?」といった想いが強かったです。輪廻転生のラヴ・ロマンスをメインにしながら,過去世における心中事件の謎を解く,といった体裁の,「ミステリ」というより,「ミステリアス」な作品かとも思えました。

 ところが!
 中盤で発生するある事件を契機として,物語は,一気にその様相を変貌させていきます。ネタばれになるので詳しくは書きませんが,前半において十重二十重にかぶせられた神秘というベールが,つぎつぎに剥がされていきます。その神秘の崩壊と,再構成される「理」。前半の神秘感に対して居心地の悪さ,強い違和感を感じていただけに,そのアクロバティックな手際がじつに鮮やかに感じられ,思わず溜め息が出るほどでした。
 さらにメインとして描かれていた「神秘的な恋愛」の周辺に散りばめられていた大小さまざまな謎―樋口一葉の手稿の出所,冒頭に登場人物が漏らした「乾山の皿」という言葉の謎,諏訪の寒村に伝わる「人蛇」の伝説などなど―が,巧みに取り入れられ,物語の全体像の中にきっちりとはめ込まれるところも,伏線の巧みさで知られるこの作者ならではの「技」といえるでしょう。

 やっぱりこういう作品があるから,泡坂作品は読み続けてしまうんですよね。

98/06/13読了

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