チャールズ・ボーモント『夜の旅その他の旅 異色作家短編集4』早川書房 1978年

 15編を収録した短編集です。

「黄色い金管楽器の調べ」
 浮浪者同然だった若者は,ある日,闘牛士としての才能を認められるが…
 たしかに残酷な物語なのでしょう。しかし,その残酷さをも飲み込んでしまうような若者の無謀さ…それが「突き抜けてしまう」ことで,虚無的とさえ言えるような「あっけらかん」とした感じを産み出しています。
「古典的な事件」
 友人夫婦の夫が浮気している? その真偽を調べるよう頼まれた“わたし”は…
 ある種の「人でなしの恋」を描きながら,そこに「ミイラ取りがミイラになる」というテイストを加えることで,妙にリアリスティックな,苦笑を誘う物語に仕立て上げています。
「越して来た夫婦」
 妻は気に入った新居に,夫は違和感が拭いきれず…
 穏やかで人の良い隣人たちは,じつは…という,けっこうありそうな恐怖を描いています。とくに,「普通の人々」が,しだいにエスカレートしていくという設定が,その「ありそうな」の部分を強調していますね。
「鹿狩り」
 社長のお供で,はじめて鹿狩りに参加した男は…
 「げにすさまじきは宮仕え」などと申しますが,まさにその「宮仕え」の苦さを描いた物語です。カタルシスの得られそうな展開の末に,皮肉な結末を持ってくるところが,この作者らしいところなのでしょう。若い頃に読んだら,おそらく半分も味わえない「大人の味」ですね。
「魔術師」
 老マジシャンが,年に1度訪れる街で…
 世の中には「暗黙の了解」というのがあります。一筋縄でいかない,得体の知れないものでありながら,世の中を「回していく」のに,きわめて重要な役割を担っていたりします。「種」があること知りながら,奇術を楽しむ人々にとって,主人公がとった行動は,そんな「暗黙の了解」に抵触するものだったのでしょう。それゆえに傷ついた老マジシャンに対する,最後のオバディアの言葉には,彼への労りと愛情が感じられ,哀しくもホッとさせられます。
「お父さん,なつかしいお父さん」
 タイムマシンに乗って過去に行った男の目論見は…
 きわめて有名な,タイムパラドクスを素材にした「SF小咄」の源流は,この作品だったのかもしれません。
「夢と偶然と」
 想像力が豊かすぎる青年は,夢に悩まされ…
 奇妙ながらも,ややご都合主義的かな?と思わせておいての,もうひとひねり。そのオチ自体もシンプルと言えばシンプルで,陳腐と言えば陳腐なのですが,ストーリィの内容との結びつき,そして構成の良さから,十二分に効果的に用いられています。それと編集者の「小技」もいいですね。
「淑女のための唄」
 最後の航海に出る老朽船に乗った新婚のカップルは…
 物語の展開は破天荒なものです。にもかかわらず,哀切とともに共感を感じるのは,このような「聖なるもの」の結末が,避けられないということを,おそらく実生活において経験しているからかもしれません。
「引金」
 4人の自殺者は,いずれも同じクラブに入っていた…
 自殺者の共通点が,「みんな人間だった」という指摘は,「どきり」とさせられますね。つまり,本編で描かれる「自殺の理由」とは,誰にでも多かれ少なかれ通じるものがあるのでしょう。
「かりそめの客」
 退屈が蔓延するホワイトハウスに,ある男が訪れ…
 寓話なのかもしれませんが,その寓意がわからないので(笑),まさに「ヘンな話」です^^;; まぁ,こんなホワイトハウスだったら,世界も平和かも…
「性愛教授」
 不感症の妻を治療してほしいと依頼された性愛教授は…
 『PLAYBOY』のような,アメリカの男性誌に載っていそうな艶笑譚です。次から次へと伝授する「技」の名前が,じつにばかばかしくて良いです(「オーストラリアのホップ」とか「中国のフリップ」って,なんやねん(笑))
「人里離れた死」
 老いたカーレーサーは,田舎のレースに出場するが…
 疲れている,辞めても良い…そう思いながらもレースを続ける主人公…そんな男の「車を止めれば,眠ってしまうだろう」というモノローグが,この作品を象徴しています。淡々とした描写によって,老いた男の心の底に潜むソリッドな「執着」を浮かび上がらせています。
「隣人たち」
 閑静な住宅街に引っ越してきた黒人家族が遭遇したのは…
 寓意とアイロニィに満ちた作品集の中に,「ふっ」と挿入された「希望」の物語。前半の,なんともやりきれない,そしてジリジリとしたスリルの末に「希望」を描き出すストーリィ・テリングは絶妙です。
「叫ぶ男」
 ドイツ山中の僧院で,彼は,地下室に閉じこめられた男と出会う…
 中世的狂信に彩られたストーリィは,思わぬ形で現代の狂気へと結びついていきます。逆に言えば,「現代的」と称するものの「根っこ」は,じつは奥深いものなのかもしれません。
「夜の旅」
 新しいピアニストが加入して,“ぼく”らのバンドは,メキメキと腕を上げたが…
 たしかに数多くの天才は不幸であったし,ある意味,人生の敗残者であったかもしれません。ですが,天才であるために不幸・敗残者でなければならないのか,と問われると答えに窮します。しかし,だからといって,そんな「図式」に囚われてしまった男(たち)の生き様を,安易に誹ることもまた,できないように思います。

03/01/15読了

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