姫野カオルコ『よるねこ』集英社文庫 2005年

 この作家さんの名前は知っていましたが,作品を読むのは今回がはじめてです。で,それが「初のホラー短編集」というんだから,わたしという人間は…(笑)
 9編を収録しています。

「よるねこ」
 「猫は向こうの方へ歩いていった」…母の奇妙な言葉に隠されたものとは…
 母の友人が話す「若い頃の母」と「現在の母」とのイメージのギャップ,「青猫」をめぐる学校怪談,母の蔵書にはさまれていた「モノ」…作者は,これらのことに「因果」や「説明」を加えません。しかし重層的な「事柄」そのものから立ち上る「落ち着きの悪さ」を,上手に描き出しています。また母が残した「モノ」を見たあとの主人公の心の動き,そしてラストの一文もまた,その不可解な不気味さを効果的に増幅させています。本集中,一番楽しめました。
「女優」
 恋人に危害を加えようとするのは,かつて彼がつきあっていた女優なのか…
 ありがちな「ストーカーネタ」にひねりを加えて,「日常」を支える「悪意」を描き出しています。作品の素材と,タイトルに苦笑させられるラストは,どこか阿刀田高を彷彿とさせます。
「探偵物語」
 突然心変わりした恋人。その理由を探ってくれと依頼された探偵は…
 「他者に恐怖感を与えて快楽を得る」というキャラクタは,ホラーやミステリでは,(たとえば快楽殺人者のような「犯人」として)しばしば登場するものです。そう言った意味で,素材的にはオーソドクスなのですが,本編のユニークは,その着目点−ピンポイント的に恐怖を与える対象の限定にあるのでしょう。そして「恐怖」を感じる側の設定も,思春期特有の性的関心の高まりに悩んだことが誰でもあるであろう男性にとっては,じつにリアルなものです。
「心霊術師」
 安藤さんは,子どもの頃,木星から来た心霊術師に逢って以来,幸運に恵まれ…
 「木星から来た心霊術師」というファンタジックな設定で語られる寓話のような作品です。「幸せであるかどうか」という基準は人それぞれであると言われながらも,一方で,その時代,社会,文化の中で「一般的な幸福」と呼ばれるあり方があるのも事実です。安藤さん吉田とのコントラストは,その両者の姿を伝えているように思います。
「X博士」
 東京のビルの狭間に残された小さな洋館。そこで彼がみたものとは…
 説明できない不可解さとの遭遇…そこに「恐怖」がなければ,それは「不思議」と呼ばれます。たとえ内容はグロテスクであっても,主人公が経験したのは,そんな「不思議」に属すること…と思わせておいての,さりげないツイストは,主人公の「恐怖」の始まりを告げているのでしょう。
「ほんとうの話」
 これから話すことは,すべてほんとうにあったことなのです…
 この作品の奇妙な手触りは,なんに由来するのでしょう? 「平々凡々」を自称する語り手が経験する,とても「平凡」とは言えない怪異の数々。しかしその一方,その怪異は,週刊誌や「それ系」の本でおなじみの「虫の知らせ」であったり,「学校怪談」であったりと,パターン化しています。巷に氾濫する「実話怪談」なるものへの皮肉とも取れます。
「通常潜伏期7日」
 インターネットで「悪魔のつかまえ方」を知った少年は…
 う〜む…物語の眼目が奈辺にあるのか,正直よくわかりません。思春期の少年の「もやもや」を描くことにあるのか,それともそれに対する辛辣な視点にあるのか…
「通りゃんせ」
 大きな屋敷に住む少女は,「北の部屋」に行くことだけは許されておらず…
 「なにか」があったのはたしかなのでしょう。それも「なにか忌まわしいこと」があったのは…しかし,幼女に視点が設定された本編では,その具体的な「なにか」はすべて隠蔽され,切り取られた「忌まわしさ」のみが前面ににじみ出てきています。
「獏」
 アナウンサを目指して上京した彼女は,しかし…
 タイトルの「獏」とは,アナウンサになるという夢を,夢だけを食べている主人公自身のことなのでしょうか? それとも,そんな彼女の夢を(そして女優を目指した叔母の夢を,作曲家を目指した兄の夢を)食べてしまう「部屋」のことなのでしょうか?

05/09/18読了

go back to "Novel's Room"