今邑彩『よもつひらさか』集英社文庫 2002年

 「ホラー短編集」となっていますが,ホラーとサスペンス,計12編が収録されています。
 気に入った作品についてコメントします。

「ささやく鏡」
 “わたし”の家に伝わる1枚の鏡。そこに写し出されるのは…
 「未来を知ることができたら」という誘惑から逃れることのできる人は,おそらく数少ないでしょう。しかし未来を知るということは,同時に未来によって「今」を呪縛されることにもなります。そんな呪縛に翻弄される女性の姿を,「鏡」という古典的なアイテムを用いながら描いています。
「茉莉花」
 少女小説家が,本名を名乗らず,平凡なペンネームを選んだ理由は…
 おそらく作者は,物語の前半を細心の注意を払って書いているのでしょう。気づいた方もおられるかもしれませんが,わたしはまったく気づかず,「それ」が明らかにされたとき,驚きを覚えました。また前半のあるセリフと鮮やかなコントラストをなすラストは,あまりに皮肉な,そして残酷なものと言えましょう。
「ハーフ・アンド・ハーフ」
 偽装結婚を解消しようとする夫の申し出に妻は…
 展開がやや冗長で,また結末そのものは,予想範囲内にあるのですが,妻が「どのようにしてそうしたのか」を想像すると,じつに不気味です。
「双頭の影」
 廊下の天井に残る「双頭の異形」の影に隠された秘密とは…
 鄙びた骨董屋さんで「話」を買うという設定がおもしろいですね。連作短編集にでもなりそうな感じです。「双頭の影」をめぐって,少しずつ「幕」がはがされていくように真相が浮かび上がっていくストーリィ・テリングは絶妙。そして暗示的かつ衝撃的なラストの一文が,この作品の真骨頂と言えましょう。
「家に着くまで」
 半年前に殺された美人キャスタ。タクシの運転手は,その真相を推理するが…
 タクシという,見知らぬもの同士で構成された「密閉空間」がもたらす独特の緊張感,殺人事件をめぐる本格ミステリ張りの推理合戦,その推理の導く先に対する不安,その上でのツイストと,そこへといたるそつのないスムーズな展開。本集中,一番楽しめました。
「遠い窓」
 “私”のベッドの前に掛けられた絵。それは“生きている”…
 「絵」が少しずつ変化していくというオーソドクスな「絵画怪談」,それに語り手である,歩くことのできない少女の鬱屈した心理を重ねながら描いています。と,思わせておいての見事なツイスト。オチはやや陳腐な観もありますが,そこへ持っていく伏線が巧いですね。
「生まれ変わり」
 彼女は若くして死んだ叔母の生まれ変わりに違いない。“私”の愛した叔母の…
 ストーカーを主人公としたサイコ・サスペンス。中盤までは,不気味とはいえ,さほど目新しい感じはしないのですが,終盤にいたって,その「サイコ加減」が一気に深まり,不気味さを超えておぞましさへと突き進んでいくところはグッドです。
「よもつひらさか」
 駆け落ちした娘に逢いに,“私”はその坂を登っていく…“よもつひらさか”と呼ばれる坂を…
 怪談を読み慣れたものにとっては,「落とし所」は途中で見当はつくのですが,青年の語りが進むうちに,次第次第に空気が「ずん」「ずん」と重くなっていくところは,まさに怪談の醍醐味と言えましょう。

02/09/29読了

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