菊地秀行『魔界医師メフィスト 黄泉姫』講談社文庫 1997年

 ある夜,<魔界都市・新宿>にひとりの女が現れた。記憶喪失の彼女は,メフィストの治療で,わずかながら記憶を取り戻す。彼女は,新宿区役所総務係のさえない公務員・萩原を自分の夫だと言うが,萩原の方ではまるで身に覚えがない。彼女の出現とともに,<新宿>を徘徊しはじめる青頭巾をかぶった異形のものたち。彼女を狙う渡瀬兄弟。そして<新宿>の亀裂からは,おそるべきものが・・・。たとえ敵が何者であろうと,「自分の患者」を守り抜くため,魔界医師のメスが光る!。

 いやはや,ぶっ飛んだシリーズではありますが,今回はまたぶっ飛び方が尋常ではありません。「魔界医師に直せぬものはいない!」とばかりに,今度の患者さんは,なんと「神様」(笑)。それも日本列島を生み出した伊弉冉尊(イザナミノミコト)とくれば,もう魔界医師にかなう奴はいません。返す刀で,地上によみがえった,日本神話最大最強の暴神素戔嗚尊(スサノヲノミコト)まで撃退してしまうんですから,もうなにをかいわんや,です。
 まあ,キリスト教の神さんと違って,日本の神さんは,酒は飲むわ,策略は巡らすわ,ストリップショーの元祖になるわ,で,なかなか人間的ですから,こういったとんでもない物語にけっこううまくはまるのかもしれません。これまでこの作者の作品は,どちらかというと西洋の黒魔術やらモンスターやらと馴染み深かったのですが,今回,日本神話を元ネタにもってきたことも新鮮で,よかったですね。
 それと伊弉諾尊(イザナギノミコト)の生まれ変わりであるにもかかわらず,やたらと小心な萩原や,民族学者堂本博士など,愛すべきキャラクターも揃っていますし,またエンディングも,なかなか味わい深い,もの哀しいものがあったりします。このシリーズで,一番おもしろい作品でした。

 ところで,記憶喪失の女(伊弉冉尊)に,メフィスト「田宮良子」という仮の名前をあたえますが,この名前って,『寄生獣』(岩明均)に出てくるキャラクターと同じ名前です。作者は意図して使っているのでしょうか? それから1ヶ所(だけか?)変なところがありました。公務員である萩原が,自分の勤め先のことを「会社」と呼んでいます(笑)。

 このシリーズは今まで角川書店から出版されていましたが,今回初めて講談社から出ました。作者のあとがきによると,版元変更は「それなりの理由はあるが,要するに,私が見かけほど大人しくも,やさしくもないということに尽きる。」と,意味ありげなことを書いています。こちらもなんか気になりますね。

1997/04/19読了

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