佐藤賢一『傭兵ピエール』集英社文庫 1999年

 舞台は15世紀のはじめ,“百年戦争”末期のヨーロッパ。イングランド軍に大陸奥深くまで侵攻されたフランスに救世主が現れた。悪辣非道の限りをつくした傭兵ピエールの人生が大きく変わったのは,その救世主との出逢いだった。救世主の名はジャンヌ・ダルク。数奇な運命に弄ばれるふたりの“恋”の行く末は?

 『王妃の離婚』直木賞を受賞した作家さんであります。受賞以前からネット上ではしばしば見かけていた名前ですが,今回が初読です。
 ヨーロッパを舞台にした歴史物というのは,その書き手というと,思いつくところでは,塩野七生・辻邦生・藤本ひとみなどといったくらいで,日本の歴史物・時代物の数に比べると,その数はきわめて少ないものだと思います(もっとも,わたし自身ヨーロッパ歴史物にそれほど詳しいわけではありませんので,単に知らないだけかもしれませんが)。
 やはりそれは,ヨーロッパの過去の地名や人名,あるいは歴史的背景といったものに対する知識の欠如がネックになっているのではないかと思います。ですから逆にいうと,それだけ作家さんの「物語作り」の力量が問われる部分が大きくなるのかもしれません(日本の歴史物・時代物の中には,歴史上の魅力的な人物に頼った「キャラクタもの」と言えるような作品もあるようですし・・・^^;;)。

 さて物語は,傭兵ピエールジャンヌ・ダルクとの出逢いからはじまります。戦場を渡り歩き,平和なときには盗賊に転ずる,一筋縄ではいかない悪党ピエールと,宗教心の固まり,直情径行のジャンヌとの“掛け合い”がどこかコミカルな感じを与え,前半はテンポ良くストーリィが進行していきます。とくに遊郭でのふたりの再会シーンや,戦術を無視して突進するジャンヌとそれを押しとどめるピエールの場面など,ちょっと言葉は適切ではないかもしれませんが,「講談調」といっていいような,ユーモアのある軽快感が楽しめます。
 しかし後半になると,若干トーンが変わってくるように思います。前半のふたりの「ロマンス」は,ジャンヌが持つ「無性性」ゆえに,ピエールの側の「空回り」がコミカルな印象を与えるのに対して,オルレアンを解放するとともに,「神の啓示」を失ったジャンヌ,さらに2年後,イングランド軍に囚われ,またフランス側の策謀によって見捨てられたジャンヌと,その救出に向かったピエールとの顛末は,歴史の舞台裏を描いたスリルたっぷりのものではありますが,ふたりの恋は,世俗的な側面―ひとりの男とひとりな女の恋―を強めていきます。みずからの過去の“悪行”に対面しなければならなくなったピエールと,「神」を失い,ひとりの女として深い傷を負ったジャンヌとの,つらい恋といった色合いを深めていきます。
 前半とコントラストをなす,ここらへんの展開は,「姫と,彼女を護る騎士との恋」という,ヨーロッパの騎士道物語の枠組みを巧みに換骨奪胎したものと言えるのではないでしょうか。そしてそれはまた,中世ヨーロッパを支配した「神への愛」―それは前半のジャンヌとピエールとの恋を邪魔するものでもあります―に対する,人間の勝利を描き出しているようにも思います。たとえ「罪」を背負っていたとしても,その中で生き抜く人間の勝利を。

 いずれにしろ,ジャンヌ・ダルクという,日本でも有名な歴史上のキャラクタを上手に取り入れた,荒唐無稽で波瀾万丈な“歴史伝奇物”として楽しめる作品だと思います。ふたりを取り巻く脇役キャラも生き生きとしていていいですね。

99/10/25読了

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