小池真理子『やさしい夜の殺意』中公文庫 1993年

 5編よりなる短編集です。小池真理子の作品は,最後の最後のどんでん返しに,「おおっ」と思わせるところにおもしろさがありますから,逆にオチが見当ついてしまうと,作品としての魅力は,残念ながら半減してしまいます。この作品集は,そんなオチの見当がついてしまう作品もいくつかあり,いまいちでした。もちろん,楽しめた作品もあります。

「やさしい夜の殺意」
 兄と13年ぶりに再会し,兄夫婦の家に居候することになった久美。平穏な日々を送る彼女であったが,友人の麗子と兄との不倫,そして麗子の突然の死と,急速に身辺が不穏になっていき…
 結末はそれなりにおもしろいのです。ただ,結末でツイストをきかせるためでしょうが,どうも弟の行動がいまいち整合性がないような,そこらへんがちょっと不満です。
「それぞれの顛末」
 モスクワ空港でのトランジットの際に見かけた不審な母娘。疑心暗鬼にとりつかれた2組のカップルの顛末は…
 この手の作品としては,やはり中井英夫「大望のある乗客」(『とらんぷ譚』)という傑作があるので,どうしてもたやすいことでは驚けません。結末があまりに陳腐すぎますね。伏線でも引いてあれば,印象も違っていたのでしょうが・・・。それにちょっと長すぎますね。もう少しコンパクトだったらよかったのに。
「チルチルの丘」
 かつて別れた不倫のカップル。10年ぶりに再会した彼らは,思い出の丘へと車を進める…
 この作品集の中で唯一のミステリではない作品です。男女の記憶を錯綜させながら描きながら,“想い出”となった恋物語をしんみりと描いています。けっこうおもしろく読めました。
「青いドレス」
 真夜中,事故を起こした相手は,「黙ってくれればなんでもする」と言う。そこで妻殺しを依頼するのだが…
 男は妻殺しに成功するのか,失敗するのか,はたして結末は? という点で,一番楽しめた作品です。とくに男のちょっとした一言が計画を大きく狂わせていたことに,苦笑させられる作品です。
「未亡人は二度生まれる」
 女3人が暮らす別荘に,3年ぶりに戻ってきた姉婿。おまけに麻薬常習者の友達まで押し掛けてきたことから…
 ブラック・コメディのような作品です。ヒステリーに陥る姉,自己中心的な妹,本人は冴えているつもりの母親。なんでもかんでも自分の都合のいいようにしか考えられない人々の末路は,なんともやりきれません。そんな登場人物を冷徹に描く作者の黒い嘲笑が聞こえるようで,怖いです。

97/06/04読了

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