小沢章友『闇の大納言』集英社文庫 2000年

 天喜元年水無月三日の夜,清水寺の東光坊が,天文博士・土御門典明と“俺”狼明のもとを,腐臭を漂わせながら訪れたのがはじまりだった。東光坊が鳥辺野で見たという怪異は,いったい何を意味するのか? さらに法王・孔雀院の愛する姫が謎の失踪を遂げ,平安の都は恐るべき闇に覆われようとしていく・・・

 文庫の帯には「王朝ホラー」となっていますが,読後感は,「王朝版ヒロイック・ファンタジィ」といったところでしょうか。
 とか言いながら,じつはわたし,「ヒロイック・ファンタジィ」をあまり読んでませんし,なによりも「ヒロイック・ファンタジィ」の定義もよく知らないのです(“ヒーロー”が,剣や魔法を使って,悪魔などを打ち倒して,お宝やお姫様を獲得するお話,という程度です)。ですから,以下に書くことは,わたしの「ヒロイック・ファンタジィ」に対する(主としてマンガや映画から受けた,おそらく偏った)イメージを元にしておりますので,「ヒロイック・ファンタジィ」ファンの方や,お詳しい方にとっては,もしかして噴飯ものかもしれません。あらかじめご容赦ください(間違いがありましたら,ご指摘ください)。

 主人公は“俺”土御門狼明です。若くパワァにあふれたキャラクタですが,まだスキルや沈着さが十分ではなく,それを教え導くものとして,彼の養父土御門典明という人物が配されています。これは「ヒーローと導師」という,ヒロイック・ファタンジィでよく見られるパターンかと思います(『スター・ウォーズ』なんかもそのパターンでしょうね)。
 さらに主人公は,後半において明らかにされますように「異人」であります。人でありながら,人にはない特殊な経歴を持った「異能人」として設定されています。このことは主人公に敵対する「闇の大納言」との戦いと密接に関わってきます。「闇の大納言」は,きわめて奇怪な出自と能力を持つ「鬼人」であり,その「鬼人」を倒すことのできるキャラクタもまた「異能人」でなければなりません。モンスタを倒す,尋常ならざる力を持つキャラクタが,人とは異なる出自,能力を持つパターンは,それこそ神話・伝説の世界までさかのぼる主人公設定と言えましょう。主人公を戦いに駆り立てる重要なモチベーションとして,「倫子姫」の救出が設定されているところも,定番と言えるでしょう。
 また,欧米におけるヒロイック・ファンタジィは,ケルト神話やゲルマン神話,北欧神話といった非キリスト教系の神話や伝説をふんだんに取り入れ「異世界」を作る場合が多いように思います。それに対して,本編は,『今昔物語』『日本霊異記』などに通じる,日本土俗の伝説や説話,さらに『古事記』までさかのぼれそうな他界観を取り込むことで,「平安の都」という「異世界」と構築しています。そしてその「異世界」でのルール(「咒(じゅ)」)によって支配されているところは,いわば「魔法」に相当します。

 和製ヒロイック・ファンタジィというと,ヨーロッパ風の異世界を構築したり,あるいは,いわゆる「剣豪小説」の系譜を引くものがあるのでしょうが,平安時代という純和風な世界も充分魅力的なものになりえることを,本作品は,如実に表しているのではないかと思います。近年,『封神演義』のようなアジア系の伝説を元ネタにしたヒロイック・ファンタジィの登場も,その一連の流れでくくれるのかもしれません。

00/04/09読了

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