黒田研二『ウェディング・ドレス』講談社ノベルス 2000年

 ネタばれ気味です。未読の方はご注意を。

 幸せな結婚生活を目前にした祥子とユウ。しかし結婚式の当日,偽りの電話で呼び出された祥子は,ふたりの男にレイプされてしまう。さらにユウの事故死の知らせが彼女に追い打ちをかける。ところが,死んだはずのユウは,行方不明になった祥子を捜していた! さながら“パラレル・ワールド”を生きるかのようなふたりは,ふたたび巡り会うことができるのか?

 「第16回メフィスト賞受賞作」にして,ミステリ系サイトの老舗中の老舗「ミステリ博物館」のオーナー“桑名のクロケンさん”こと黒田研二氏のデビュウ作であります。クロケンさん,ついに念願がかないましたね。おめでとうございます(パチパチパチ<拍手)。

 さて物語は,“私”“僕”を語り手とする章が,交互に描かれながら進行していきます。ふたりは婚約者同士として,出会いからプロポーズ,そして結婚式当日へと,自分自身と相手とを語っていきますが,両者の間―“私”が見るユウと,“僕”が見る祥子―には微妙な食い違いが生じていきます。そして結婚式当日,ふたりの「語り」は,決定的な齟齬・乖離が発生します。レイプされた“私”の元にはユウの事故死の報が届き,一方“僕”の前からは,祥子が失踪してしまいます。“私”はユウの死の原因とレイプ犯を追い,“僕”はまた姿を消した祥子を捜します。
 根がせっかちなせいか,この「決定的齟齬」が生じるまでの展開は,「おそらく,いろいろ伏線が埋まっているんだろうなぁ」と思いつつも,物語の焦点がなかなか定まらない感じで,やや退屈なところもあります。しかし「決定的齟齬」以後の展開は,“僕”が目撃する密室状況での犯人消失の謎なども絡んできて,ぐいぐいとストーリィを引っぱっていきます。「これでもか」というくらいに矛盾と混乱を広げた中盤から,それが一気に収束していく終盤にかけてのスピード感あふれる筋運びは,じつに小気味よいものがあります。

 ところで,相互に矛盾し,錯綜し,混迷する証言を,アクロバティックに統合させるという,この手の展開は,近年の日本ミステリのひとつの傾向として,さまざまな作品において採用されています。ですから,読み手の視線もかなり「ひねた」ものになり,読み進めながら,いろいろな「仮説」が頭をよぎるのは致し方ないでしょう。たとえば「同一人物とされているのは別人ではないか」,あるいは逆に「別人として描かれているが,じつは同一人物ではないか」,はたまた「連続した時間の流れの中に不連続な部分が挿入されていないか」などなどです(個人的にはこれを「折原効果」と命名しています(笑))。
 おそらく作者も,そのことを十二分に承知していることと思います。だからこそ,その構成による「仕掛け」が生み出す不可解性という魅力を利用しつつも,それだけに頼ることなく,そこにもうひとひねりを加えます。しかしその「もうひとひねり」は「鬼面,人を驚かす」あるいは「屋上屋を重ねる」といった類のものというより,綿密な伏線を引き,それをきちんと丁寧に回収するという,むしろオーソドックスな本格ミステリの作法にのっとったものです(トリックが,少々無茶な観もありますが^^;;)。それゆえ,当たれば効果的ですが,先に読まれてしまうとおもしろさ激減という「構成による仕掛け」的ミステリのもつ「危うさ」を巧みに回避し,すっきりとしていて,ツイストの効いた着地に成功しているのではないでしょうか。

 それにしても「著者近影」は,かっこいいですね。とてもホーム・ページで自分の××を公開していた人と同一人物とは思えません(笑)

00/06/11読了

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