二階堂黎人『私が捜した少年』双葉社 1998年

 私の名前は渋柿信介。職業はノーライセンスの私立探偵。オフィスは自宅の2階だ。妻子も兄弟もいない。報酬は一日あたり“ビックリマンチョコ”2個,必要経費は風船ガム2枚。縄張りは“キンポウゲ幼稚園”。そう,私は5歳の幼稚園児,この世でもっとも孤独な私立探偵なのだ。

 フクさん@UNCHARTED SPACEから,「22,223アクセス記念(前後賞)」でいただいた5冊のミステリのうちの1冊です。フクさん,ありがとうございました(_○_)。

 ハードボイルド・ミステリの魅力のひとつに,主人公たちが(臆面もなく)口にする「気の利いたセリフ」があります。フィリップ・マーロウ「警官とさよならする方法はまだ発見されていない」と言えば,たとえ警察とは滅多に関わることのない善良な小市民であるわたしでも,「をを,なるほど!」と思いますし,沢崎「愛情や真実や思いやりの方が,憎しみや嘘や裏切りよりも遥かに深く人を傷つける」というモノローグには「う〜む」と唸ってしまうわけです。ただし,これらのセリフは「彼ら」が語るからこそ味わいがあるわけで,わたしが口にしても,「なんや,それ!」と言われるのがオチです。ですから,5歳の幼稚園児が,
「思い起こしてみると,その頃が私の人生で一番どん底だった」
と呟いたところで,そこから生じるの「う〜む」でも「なるほど」でもなく「苦笑」でしょう。「語り手」と「語る内容」とのズレ,そこに生まれる「笑い」は,まさに「笑い」の,そして「パロディ」の基本と言えるかもしれません。そんな「笑い」に満ちた4編をおさめた連作短編集です。
 しかし「本格推理小説至上主義者」(本人談)のこの作者ですから,単なるハードボイルド・ミステリのパロディに終始することなく,「蘭子シリーズ」にくらべると,かなり薄目であるとはいえ,それなりに本格ミステリ的な要素も兼ね備えています。
 ちなみに各短編のタイトルは,有名なハードボイルド・ミステリのパロディになっています。

「私が捜した少年」
 “私”の父親,刑事のケン一が追いつめた容疑者は,マンションから消失してしまった・・・。
 主人公のデビュウ作であるだけに,どこか「叙述ミステリ」的な雰囲気があります(笑)。最初はマザ・コンの私立探偵かとも思ったのですが,さすがに5歳の幼稚園児とはわかりませんでした。ミステリ的部分は,この作者らしい大技です。想像するとむちゃくちゃ怖いですが・・・でも,それを解いた(?)5歳児の方が怖いです^^;;
「アリバイのア」
 第一容疑者には,犯行時間にレコードを聴いていたという鉄壁のアリバイがあり・・・
 設定やトリックはユニークだとは思いますが,「知っていないとわからない」的なトリックはいまひとつ楽しめませんね。
「キリタンポ村から消えた男」
 殺人犯を追って“私”たちの家族は,彼の故郷である寒村へ向かうが・・・
 アクロバティックな作品です。ちょっと説得力に欠けるような気もしますが・・・。できれば,キンポウゲ幼稚園での“ウサギ失踪事件”と連動あるいは共鳴していると,もっとおもしろかったのではないでしょうか?
「センチメンタル・ハードブレイク」
 月に1回,テレビ出演することになった“私”は,そこでママの親友の殺人事件に遭遇する・・・
 懐かしいアリバイ・ミステリを読んでいるようなテイストを持っています。この作者もこういう作品を書くんだな,と少々びっくりしました。ただ,この作品あたりから,トリックよりも,シリーズの雰囲気を作者が重視するようになってきたのではないかと思います。
「渋柿とマックスの山」
 白馬スキー場に来た“私”たち一家は,そこで奇妙な殺人事件に巻き込まれる・・・
 作者自身も,「あとがき」で書いていますが,このシリーズ,一編がだんだん長くなってきていますが,逆にミステリ色(というか本格色)が薄くなってきているように思います。トリックはそれなりにありますが,解決の仕方が,あまりこの作者らしくないな,という感じです。まぁ,それはそれで別の面白みがありますが・・・。

98/12/14読了

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