サラ・パレッキー『ヴィク・ストーリーズ』ハヤカワ文庫 1994年

 シカゴの女性私立探偵V・I・ウォーショースキー,通称“ヴィク”の活躍を描いた作品7編をおさめた短編集です。

 短編ということもあって,ヴィク自身のキャラクタよりも,事件に関わる舞台や人物たちのユニークさが目につくようです。たとえば「むかし泳いだ場所で」では,水泳大会の真っ直中で起こった殺人事件をあつかっています。ハードボイルドらしい苦い味のエンディングです。また「スキン・ディープ」の舞台は高級エステティック・サロン。肌にすり込むトリートメント剤に毒薬をすり込むという殺害方法が,この舞台らしいといえばらしいですね。でもそんな劇薬,市販していていいの? 
 「報復の調べ」は,音楽家仲間で起こった殺人事件を描いています。登場人物のさりげない一言が,真犯人の動機に結びついているところがおもしろいです。アメリカの精神カウンセラ・ブームも皮肉っているように思います。一方,「ゲームの後に」は,プロ・テニスのトーナメント会場で起こった殺人事件。天才少女リリーをめぐる周囲の欲望や思惑の絡み合いが描かれています。アメリカのプロ・スポーツ・プレイヤというのは,日本と比べものにならないくらいのギャラを稼ぐそうですから,それはそれで大変なのでしょう。

 一方,各短編に登場する脇役たちもなかなかユニークです。「スリー・ドット・ポウ」では,ヴィクのジョギング仲間シンダが殺され,その容疑で逮捕された彼女の恋人ジョナサンを救うために,彼女は奔走します。それにともするのがシンダの愛犬,ゴールデン・レットリバーの“ポウ”です。犯人との格闘で窮地に追いつめられたヴィクを救うポウの姿がなんとも愛らしいです。なぜか『Masterキートン』を思い出しました(なぜだろう?)。それに対して「マルタの猫」では,タイトル通り,猫が出てきます。人間の思惑でバース・コントロールさせられる猫の姿が,成功した姉の,妹に対する高圧的な―しかし姉にとっては「妹のため」という大義名分を持った―態度とオーバーラップします。
 「高目定石」では,ヴィクと同じアパートに住む日本人の老夫婦が登場します。囲碁クラブで起きた殺人事件です。「碁盤」のことが「小テーブル」と表現されていて,けっして間違いではないのでしょうが,ちょっと苦笑させられます。ちなみにタイトルは翻訳されたものではなく,原題も「The Takamoku Joseki」となってます。
 それから本書には,訳者の解説によれば,このシリーズ唯一の三人称叙述の作品「ピエトロのアンドロマケ像」がおさめられています。普段のシリーズ作品とはちょっと違うテイストが味わえます。

 ところで「スリー・トッド・ボウ」「スキン・ディープ」の2編,今回再読なのですが,いったいなんで読んだんだろう・・・。相変わらずの鳥頭やなぁ(笑)。

98/08/08読了

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