アイザック・アシモフほか編『バレンタイン14の恐怖』新潮文庫 1989年

 「愛の日」であるヴァレンタイン・デイをモチーフとしたホラーやサスペンス,ミステリ14編を収録したアンソロジィです。
 ところでひとつ気になるのですが,アイザック・アシモフはたしかに本書の「まえがき」を書いていますが,文末の原本の書誌情報を見ると,“Editor”としてはMartin Harry Greenberg, Charls G. Waugh, Rosalind M. Greenbergの3人が挙げられ,アシモフの名前は出てきません。ここでは新潮文庫版の表記に従いましたが,こういう扱いは,オリジナルの編者たちに対して失礼ではないでしょうか?(アシモフのネームヴァリューを使いたかったのはわかりますが…)
 気に入った作品についてコメントします。

タミル・パウエル「死者のバレンタイン」
 かすかであるが予知能力を持つコーディは,恋人ヴァルが死ぬイメージを見てしまう…
 予知能力や南北戦争で殺された兵士の怨念など,道具立てはスーパーナチュラルですが,ストーリィ展開はサスペンス小説的です。ラストのツイストもミステリ的です。日本でいえば宮部みゆきの「超能力もの」に近い雰囲気ですね。
ダニエル・ランサム「吸血鬼の贈り物」
 タクシー運転手のサムが一目惚れしたフェリシアは吸血鬼の毒牙にかかり…
 現代風吸血鬼譚とでも言いましょうか,妙に軽いノリの作品です。吸血鬼のキャラクタが,どこか「一昔前の寮の舎監」といいった感じですし(門限があって,それが夜の9時!),また「虜」となった女性たちが「組合」を作って反抗したり,と,苦笑させられます。ラストは,まぁ,お約束といったところでしょうか。
J・N・ウィリアムスン「コートの将軍とバレンタイン・ダンス」
 NYで見かけたバッグレディは,彼が若い頃にひどい仕打ちをした女性だったのでは…
 怪異は出てきませんからホラーではありませんし,かといってミステリやサスペンスでもありません。しかし,若さに任せての無謀さや「行き過ぎ」を経験したことは,誰にでもひとつやふたつあるでしょうから,この作品の持つ苦みと重みは,普遍性があるのではないかと思います。
ウィリアム・F・ノラン「ピエロに死を!」
 コミック・ヒーローのモデルとなった老人を訪ねた“わたし”が聞きたかったことは…
 アメリカン・コミックでスーパーマンと並ぶヒーローバットマンのパロディとなっています。「正義の味方」には,つねに「悪の帝王」が必要とされるという,ヒーローものが持つ根元的なパラドクスを描きつつ,翻ってタイトルを見ると,そのことに対する作者の強烈なアイロニィが感じられます。
エドワード・ウェレン「見知らぬ訪問者」
 私立探偵のボウマンは,1年前の事件の解明に乗り出すが…
 警察があまりに無能に描かれていて,主人公の事件解明の鮮烈さがあまり感じられず,またストーリィ展開もちとフラットな感じがありますので,全体的にはいまひとつの観がありますが,ラストでの主人公の「動機」が明かされるところは,「納得」でした。
ネドラ・タイア「幸せな結婚の秘訣」
 幸せな結婚の秘訣を尋ねられた“あたし”は…
 本編で登場する「秘訣」は,「甘い手作りケーキ」や「美味しい手料理」という形を取りますが,まさにそれこそが,本作品のテイストをもっとも端的に表しているのでしょう。同じような悪意が交錯させることでエンディングを処理しているところも巧いですね。

03/04/25読了

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