デイヴィッド・H・ケラー『アンダーウッドの怪』国書刊行会1986年

 「でも,どこへも行きたいわけではないのに,どうしてそんなに速く走らなくちゃいけないのかしら?」(本書「健脚族の反乱」より)

 アーカムハウス叢書の1冊。18編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

「地下室の怪異」
 地下室に対して異常な恐怖を覚える子どもに,両親は…
 意図的に「描かない」ことによって,恐怖感をより増幅させるというのは,ホラー作品では,ひとつの常套手段です。地下室に関する因縁だけでなく,地下室にいる「モノ」についての描写さえも大胆に省略することすることで,タイトルである「地下室の怪異」を,より鮮烈に浮かび上がらせることに本編は成功しています。
「馬勒」
 貧しい山間の村に住む美女は,周囲から「悪魔」と呼ばれていた…
 素材的には,ストレートな「悪魔崇拝もの」なのですが,主人公“わたし”の美女アイリーンに対する異常なまでの執着は,鬼気迫るものがあります。そのような心性を誘い出すこと自体が,魔女の魔女たるゆえんなのかもしれません。
「タイガー・キャット」
 “私”が購入した山荘は,頻繁に持ち主が変わるという…
 ミステリアスなイントロがいいですね。そして注目すべきは,「悪役」の設定でしょう。さりげなく書かれた,その満たされぬ欲望を,密かに,そして奇怪な形で実現させるキャラクタが,この作品の暗い輝きを増幅させています。
「死んだ女」
 発見された彼は,ナイフを握り,茫然自失としていた…
 ストーリィはシンプルなのですが,ひとり語りを採用することによって,主人公の狂気がじわりじわりと伝わってくる迫力があります。
「発想の刺激剤」
 その作家は「苦痛」がないと,素晴らしい作品は書けないという…
 作家はしばしばみずからの「精神的苦痛」を作品に昇華すると言われますが,それを「肉体的苦痛」に置き換えることでグロテスクな物語を作り出しています。結末は,どこか「作家なんて,こんなものですよ」みたいな自嘲的な感じがします。
「リノリウムの敷物」
 夫が自殺した妻は語る…
 夫の自殺の理由はわからないと言う,その妻の言葉から漂い出てくる「無言の圧迫感」「善意という名の抑圧」「愛の呪縛」…描かれていませんが,蜘蛛の巣の中でのたうち回る夫の姿が浮かび上がってきます。
「健脚族の反乱」
 自動車文明の発達は,人類から「歩くこと」を失わせた…
 「序言」によれば,この作家さんの出世作だそうです。楽観主義も悲観主義も,いやさ,すべての想像力は「時代」というものから脱することはできないのでしょう。しかし脱しえないがゆえに(時代に寄り添うがゆえに),一個人としての作家の想像力が,読者という不特定多数の支持を受けることにもなるのでしょう。
「ドアベル」
 友人の富豪から山荘に招かれた作家は,そこで…
 社会的な成功は,かならずしも心の奥に潜む「飢え」を満たしてはくれないというお話。着想がけっこうおもしろいので,もう少し短くまとめた方が,インパクトがあったのでは…
「怪音」
 父祖代々200年以上にわたって住んでいた家が,何物かによって襲撃された…
 主人公と謎のモンスタとの闘いを描いた本編は,不条理ホラー的な雰囲気を持ちつつも,ラストで提示される真相(あるいは仮説?)は,SF的な着想に近いように思います。
「許されざる創作」
 その作家は,みずから創作する作品世界に没入するのが常で…
 作家と作品との「距離」は,作家それぞれで違うのでしょうが,その「距離」を扱いながら,別の作品を作り出していくというのは,作家にとって(とくにスーパーナチュラルな素材を扱うことに慣れた作家にとって)魅力的な作業なのかもしれません。
「金色の枝」
 新妻が夢で見た家を探し当て,そこに住むようになった若夫婦は…
 原題は“The Golden Bough”。有名な文化人類学の古典フレイザー『金枝篇』と同じです。魔除けとしても使われる,聖なる寄生木である「金枝」は,現代においてはむしろ人を破滅に導く「魔」なのかもしれません。それは「金枝」のせいなのか? それとも人間の側の問題なのか?
「月明の狂画家」
 狂気ゆえに夭逝した天才画家が,最後に描いた作品とは…
 母親を含む,画家にとっての「女」が,吸血鬼であることを匂わせてはいるものの,彼が最後に描いた絵−母親の肖像の背後に描かれた「母たち」の絵は,彼を抑圧し,支配し,そして狂気にまで追いやった「母性」そのものを象徴しているように思います。

05/04/17読了

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