井上雅彦監修『月の物語 異形コレクションVIII』廣済堂文庫 1998年

 刊行1周年を迎え,また1998年度日本SF大賞特別賞を受賞した『異形コレクション』第8弾の「お題」は「月」です。

 いうまでもなく,月はみずから光を発しません。太陽光を反射して,その光が地上に降りそそぐのです。ですから太陽光と月光とは,もとは同じものです。
 しかし月はただ太陽光を反射するだけなのでしょうか? 太陽光を照り返す際に,なにかを付け加えたり,なにかを変質させたりしているのではないでしょうか? それほどに月光と太陽光とは違いがあるようにも思います。
 たとえば,そう,月の地球に対する“想い”のようなものが,月光の中には溶け込んでいるのかもしれません。永遠にも近い長い間,すぐそばにいる自分(月)を気にかけることもなく,遠いところにいる魅力的な美しい人(太陽)ばかりに目を奪われる愛しい人(地球)――そんな地球に対する“想い”が月光の中には含まれているのかもしれません。そして,振り向くことのない人へのもの哀しい深い“想い”はときとして,“狂気”をも孕むことさえあるのでしょう。だからこそ,「狂気(lunatic)」という言葉は,「月(luna)」に由来するのでしょう。
 気に入った作品についてコメントします。

安土萌「月光荘」
 幽霊が出るという洋館に引っ越してきた“わたし”は,月の光を浴び…
 ショート・ショートらしく最後の一文で,背筋に冷たい水が流れるような恐怖を感じます。
倉阪鬼一郎「プレイルーム」
 「月夜の晩にプレイルームに行ってはいけない」その禁を破った洋一を待っていたものは…
 月光が持つとされる「変身能力」を,「開かずの間」や「子ども怪談」などと巧み混ぜ合わせ,オーソドックスながら不気味なイメージを紡ぎだしています。
草上仁「月見れば――」
 祐一は「丸いもの」が怖いという。丸いものを見ると恐ろしいことが起きると…
 この作品も月光の「変身能力」に大きなひねりを加えていて,「なるほど,こういう手もあったのか」と感心させられます。
梶尾慎治「六番目の貴公子」
 一目見たときから恋に落ちた! 彼女の名前は“かぐや姫”…
 かぐや姫の求婚者には6人目がいたという設定での“ホラ話”です。ハチャメチャなくせに,どこか一途な主人公「かじのもとのしんひこ」のキャラクタが愛嬌があっていいです。また予想外のオチも楽しめる作品です。個人的には「ぬえ丸」が好きです(笑)。
北野勇作「シズカの海」
 ある日,先生は言った。「アポロ11号が月に着陸したというのはウソなんだ」と…
 なんとも奇妙な手触りを持った作品です。それでいて透明な哀しみのようなものが作品全体を包んでいます。それは,「大阪万博」が持っていた楽天的な未来を,われわれが失ってしまったことの喪失感なのかもしれません。本作品集で一番好きな作品です。
高橋葉介「穴」
 男は穴を掘る。殺した女を埋めるために。しかし…
 ついに出るべくして出たヨースケ作品です。マンガらしい,視覚的イメージを最大限に使った作品だと思います。
朝松健「飛鏡の蠱」
 夜盗が逃れてきた山中の家。そこで彼は奇怪な話を聞く…
 もしかすると「魔」と呼ばれるものは,それほどの力を持っているわけではないのかもしれません。しかしその代わり「ツボ」を心得ているのでしょう。どこをつつけば,人間の欲望や狂気が膨らむか,という「ツボ」を・・・。
霧島ケイ「月はオレンジ色」
 月が輝く夜だけ,ケンジは“僕”の傍らに現れる…
 大人たちにとってさえやりきれない状況は,少年にとっても同じことなのでしょう。そんな二重三重の閉塞状況の中での少年の孤独を写し出しています。ラストに救いのあるのが,ホッとします。
加門七海「石の碑文―「Kwaidan」拾遺」
 雲もなく風もなく,月の光の冴え渡る深更,海には「月の道」ができるという…
 ラフカディオ・ハーンの『怪談』のパスティーシュです。「本家」の雰囲気が良く出ていると思います。「『怪談』ファン」としても楽しめる作品です。ただラストは現代風ですね。
菊地秀行「欠損」
 十数年ぶりに再会した従妹さつき。死に瀕する彼女に“おれ”は冷たく接し…
 描かないことでそのイメージをより鮮明にさせ,登場させないことでその存在感を増させる――ホラー作品では常套的な方法ですが,その方法を巧みに使って,哀しい恋の物語に仕上げています。

98/12/26読了

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