芦辺拓『時の誘拐』立風書房 1996年

 大阪府知事候補の娘・根塚樹里が誘拐された。身代金は2億円。受け渡しに指名されたのは,見知らぬ若者・阿月慎司であった。ハイテク機器を駆使する犯人に翻弄されたあげく,身代金を奪取された警察は,阿月に疑いの目を向ける。さかのぼること50年前の大阪。そこには,東京の警視庁とは別の「もうひとつの警視庁」があった。府下で起こる連続絞殺事件。被害者はいずれもある雑誌社の関係者だった。犯人を追う海原警部と高塔記者の前に立ちふさがる警察の暗部。ふたつの事件を結びつける糸はいったいなにか? 阿月から依頼された弁護士・森江春策が解き明かした真相は・・・。

 力作です。身代金受け渡しのため,大阪の街を疾駆する阿月と警察。それを嘲笑うかのように,つぎつぎと出される誘拐犯の巧妙な指示。緊迫感のある場面の連続で物語は幕を開けます。
 一転,50年前の大阪で起こる連続絞殺事件は,敗戦直後の混乱する世相の中で進む捜査の過程が重厚に描かれています。とくに国家警察と自治警察との軋轢や,大阪に一時期存在した「もうひとつの警視庁」など,ぜんぜん知らなかったこと(京極夏彦の小説にも「国家警察」の名前は出てきてはいましたが)が描かれ,読んでいて興味津々でした。
 そしてアリバイトリック,密室殺人,死体消失と,本格推理としても,楽しめるネタが十分に仕込まれていて,おまけに最後は法廷劇と,サービス満点です(ただ,法廷劇の場面を,検察側と弁護士側の丁々発止をもう少し書き込むと,もっと面白かったような・・・ 贅沢かな?)。
 とにかくいろいろな要素が,それこそてんこ盛りにされていて,それでいてけっして煩雑ではなく,また50年前の事件と現在の事件をだぶらせることによって,この国のあいも変わらぬ官僚支配,警察国家的あり方を浮かび上がらせているあたり,なんともうまいなあ,と感心してしまいました。

 ただ難を言えば,前半ちょっと説明が多すぎて,物語のテンポが滞ってしまいがちです。また最後の法廷での森江春策の推理の披露は,たしかに伏線は引かれていますが,若干唐突な印象をうけました。しかし,それは小さいことで,重厚でいて緊張感のあるこの物語の魅力は損なわれていないと思います。

97/03/08読了

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