原リョウ『天使たちの探偵』ハヤカワ文庫 1997年

 探偵・沢崎が出会う事件,6編(+書き下ろし掌編1)を集めた短編集です。タイトルの「天使たち」とは,本書の冒頭にある「翼をなくした天使たち」,未成年たちのことを指しているようです。6編ともなんらかの形で少年少女たちが関係しています。少年少女たちを「天使たち」と呼んでいいかどうかは,人それぞれの意見があるでしょうが,ロス・マクドナルドの小説(とくに後半期)で,崩壊した家庭における少年少女たちの救済というのがひとつのテーマになっていることを思うと,こういった素材ないしはテーマは,ハードボイルド小説の常道のひとつなのでしょう。しかしリュウ・アーチャーが,「天使たち」に対して,父性に近い感覚で接していたのに対し,沢崎が,もっと生々しいというか,アーチャーほど冷静でないように思えるのは,ふたりが生きる時代の「家庭」や「父性」に違いがあるからかもしれません。それは「父性」が良きモデルとして存在していたアーチャーの時代と,「父性」に信頼が置けなくなった沢崎の時代との違いかもしれません。ハードボイルド小説の主人公というのは,良かれ悪しかれ「保守的」ですが,その「保守」の根っこは,やはり時代によって違うのでしょう。

「少年の見た男」
 「否も応もなく十才のガキに雇われてしまった」沢崎は,ひとりの女性のボディガードをすることになるが,彼女を尾行していた沢崎は,銀行強盗事件に巻き込まれ…
 救出のためにさしのべた小さな手が,引導を渡す結果になる,なんとも皮肉な結末です。しかしそれはある意味で「救済」なのかもしれません。
「子供を失った男」
 恐喝されている男からの,金の受け渡しに立ち会ってくれという依頼。恐喝者は男の息子の可能性があり…
 背後関係がずいぶん「でかい」です。
「二四○号室の男」
 父親から娘の素行調査を依頼された沢崎は,娘が父親を尾行していることを知る。その数日後,父親はホテルで殺害される…
 この作品集の中で,一番ミステリ的な色合いの強い作品です。ハードボイルドの探偵がストイックであるということは,感情や利害に流されず,会話や事実の中から小さな矛盾と真実を見つけだすために,必要な資質なのでしょう。
「イニシアル“M”の男」
 深夜,沢崎にかかってきた間違い電話は,自殺しようとする少女からのものであった。翌朝,アイドル歌手の墜落死体が発見される…
 どうしても「あの事件」を思い起こしてしまいますね。珍しく沢崎が無報酬で調査をしています。
「歩道橋の男」
 女探偵から調査内容の改竄を求められた沢崎。数日後,彼女は何者かに襲われる…
 善意という名に隠された欲望,あるいは人を見下す態度,「おまえのためだよ」という偽善的な言葉。「大人」はいつも「子供」と「老人」に対して,同じような態度を取るようです。
「選ばれる男」
 事件に巻き込まれた息子を捜してほしい,という依頼を受けた沢崎は,少年補導員を訪ねるが,彼は市議選の立候補者だった…
 クライマックスを除くと,沢崎は少年補導員にお株を奪われた,といった感じです。事件そのものは陰惨ですが,結末にはある種のさわやかさがあります。
「探偵志願の男」
 この短編集のために書き下ろされた掌編です。沢崎が探偵稼業を始めたきっかけが語られます。こんなふうにして,しだいに沢崎の「過去」が明らかにされていくのでしょうか?

97/03/14読了

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