貫井徳郎『転生』幻冬舎 1999年

 心臓移植を受けた大学生の“おれ”は,手術後,嗜好や体質,そして趣味までが変わっていく自分に気づいた。さらに恵梨子という謎の女性が出てくる夢と,何者かに殺害される恐ろしい夢を繰り返し見るようになる。心臓は記憶を宿すのか?“おれ”は,タブーを犯して,心臓の提供者を捜し出そうと決心する・・・

 う〜む・・・「おもしろい」と思う気持ちと,どこか素直にそう言いきれない,ちょっと複雑な読後感です。
 「おもしろい」と思うところは,この作者の,安定した巧みな筆致で描かれる,一種の「失われた記憶もの」に通じるストーリィ展開です。心臓移植された主人公の“おれ”は,自分でも知らない記憶を持つようになります。“おれ”は,その「見知らぬ記憶」の正体を求めて,心臓を提供してくれたドナーを探しはじめます。その調査結果は,ときに記憶と整合し,ときに矛盾しながら,あるいはまた新たな謎を提示するといった具合で,その展開はミステリアスで魅力あるものです。
 また作者は,主人公の周囲に,フリーライタの紙谷,美大に通う親友如月,コンピュータに詳しい全聾の少年雅明といったキャラクタ群を配することで,主人公の調査をスムーズに展開させています。それゆえ一大学生の調査にしては不自然さがありません。やはり巧いですね。

 一方,読んでいて引っかかってしまうところは,まずは設定そのものです。「心臓移植によって記憶が転移する」という設定は,いうまでもなく,少々(?)突飛な設定と言えます。もちろんフィクションなのですから,「そーゆーこと」として描かれれば,それはそれでかまわないのですが(そうでなかったら,SFなんて読めませんからね),この作品の場合,西澤保彦ほど開き直ってもおらず(理論武装もいまひとつ不徹底ですし),かといって北川歩美みたいに「もうひとつの別のアクロバティックな可能性」を提示することもない,ということで,妙に中途半端な扱いになっているように感じられます。
 また最後に明かされる真相も,こういう形でしか語り得なかったものなのかな? といった疑問が残ってしまいます。たしかにラストで語られる「内容」そのものは,非常に重みがあるものですが,こういう形で語られてしまうと,どこか「軽い」感じになってしまうのではないでしょうか? 語られる内容と語られる形との齟齬,とでも言いましょうか。

 安定したストーリィ・テリング,奇想天外な設定,重いテーマ・・・それらがアマルガムのように混在しているのですが,うまい具合に絡み合っているか,というと,ちょっと首を傾げてしまうところがあります。

00/05/07読了

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