清水義範『ターゲット』新潮文庫 2000年

 「ホラー」作品7編を収録した短編集です。もちろんこの作者のことですから,けして一筋縄でいくはずもなく,ホラー作品や,あるいはそのパターンに対するパスティーシュにあふれています(もっとも,風間賢二の解説は,ちと深読みが過ぎるようにも思いますが^^;;)。
 まずカヴァ・デザインからして吹き出してしまいます。装画は藤田新策,そう,スティーヴン・キングの日本語版の表紙を数多く手がけている画家さんで,おまけにタイトル・ロゴも近年のキング作品のそれを踏襲しています。最初から「これはパロディなんですよ」ということを宣言しているようなものです。
 ところで,「あとがき」の最後の一文は,菊地秀行のパロディでしょうかね?

「彼ら」
 森の中の別荘には“彼ら”がいるという。少年たちはそこに忍び込むが…
 キングの『IT』のパスティーシュです。商品名を使ったり,端役でもしっかりフルネームが出たり,俗語表現の多用などと,文体がいかにもキングキングしていて楽しめます。ラストのツイストも,オーソドックスな「怪談」にありそうなところですね。
「延溟寺(えんめいじ)の一夜」
 失業中で,失恋したばかりの沖藤は,1枚の案内状に誘われ,山中の寺を訪れるが…
 こちらは,一種の「館もの」とも言える,ストレートなホラーです。いっさいが曖昧なままながら,その背後におぞましい土俗的な「いわれ」が見え隠れするところがいいですね。
「オカルト娘」
 東京で一人暮らしをはじめた女子大生。ところが引っ越してきた部屋では奇妙なことが続き…
 主人公の周辺に,金縛りやら心霊写真,背後の足音といった「定番」の現象が続発するのですが,その合間合間に,そんな現象に対する「合理的なコメント」が挿入されます。なんでもかんでもオカルト的なものに結びつけようとする心性を揶揄しながら,同時に,既存の知識による合理的解釈に固執するあまり,非合理に至ってしまう態度をも皮肉っているところが上手いですね。この作者らしい作品です。
「魔の家」
 嫁のために同居できない老母のために,息子は新居を建ててやったが…
 たしか「老人と機械」ネタは,この作者の別の作品でもあったように記憶していますが,これはそのブラック・ヴァージョンです。一見,便利そうに見える機械が,逆に不便さを助長させ,さらには命に関わる危難に老婆を追い込んでいくところは,「皮肉」では済まされない「怖さ」があります。
「乳白色の闇」
 体力も思考力も衰えた“おれ”の周囲には,悪意と殺意に満ちており…
 発想そのものは,なんとも楽しいのですが,ややくどく,また途中でネタが見当ついてしまうので,もう少し短くショートショート風に仕上げた方がよかったのでは?
「メス」
 病院嫌いの沢井は,尊敬する先輩の薦めで人間ドックにかかるが…
 ホラーではありませんが,「怖い話」ではあります。エッセイ風に話を展開させていくところは,この作者の十八番といったところでしょう。この主人公の気持ち,笑いながらも,一方で妙に共感できることがあります。人間ドックの後の医者のコメントって,ホント,緊張するんですよね(^^ゞ
「ターゲット」
 毎晩,悪夢に悩まされる江原の周囲では,奇怪な出来事が立て続けに起こり…
 悪夢,前兆ともいえる奇怪な現象,いわれのない悪意,そして失われた記憶,と,この作品もホラー作品の定石をなぞりながらストーリィを展開させていきます。で,「なるほど,そうきたか!」といったエンディングを用意しています。最近のある本のブームに対するパスティーシュなのかとも思いましたが,本書の初出は1996年,う〜む,ブームの火付け役となった作品の刊行より前でした。

00/05/12読了

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