岩崎正吾『探偵の秋あるいは猥の悲劇』創元推理文庫 2000年

 この感想文は,『Yの悲劇』をお読みになっている方には,本作品の真相が予想ついてしまうかもしれない内容になっています。ご注意ください。

 雪山で自殺した甲府の資産家・八田欲右衛門。その死から1年後,彼が残した悪意に満ちた遺言書は,遺産相続者たちを混乱と疑心暗鬼に陥れる。折から,欲右衛門の一周忌に企画された芝居のため,八田家を訪れた旅役者・市川乱菊の眼前で,連続殺人事件が発生! 「いかれた八田家」と暗に呼ばれる一家を舞台に繰り広げられる殺人劇の真犯人は誰なのか? そしてその真意は?

 『探偵の夏あるいは悪魔の子守歌』に続く「本歌取りミステリ“探偵の四季”シリーズ」の第2弾であります。前作が文庫化されてから,もうずいぶん経ちますねぇ。息の長いシリーズだこと(笑)。
 で,今回の「本歌」は,エラリー・クイーン(バーナビィ・ロス)『Yの悲劇』であります。この,ミステリ・ファンであれば,大多数の人が目を通しているであろう古典的名作を,どのように料理するか,まずそこらへんに関心が寄せられることは,致し方ないところでありましょう。
 わたしの感想はというと,「お見事!」という一語です。それは,『Y』のハッター家八田家としたり,元シェークスピア劇の名優ドルリー・レーンに代えて,旅役者市川乱菊なるユニークなキャラクタを登場させたり,といった部分にあるのではなく(それはそれで楽しいのですが),それ以上に,賛否両論ある『Y』のショッキングなエンディングを思い切って換骨奪胎している点にあります。本作品の事件の真相が明らかになった時点で,『Y』において描かれていた「もうひとつの殺人」を,「こうも巧みに作品の中で生かせるとは! まさに,これぞ本歌取り!」と唸ってしまいました。

 さて物語は,雪山で自殺した八田欲右衛門の死体発見シーンから幕を上げるのですが,その発見のされ方がなんとも人を食っていて,全編通じて漂う諧謔味を象徴しています。そう,諧謔で軽妙感あふれる文体が,「いかれた八田家」の「いかれよう」を巧みに浮き彫りにしており,下手すれば深刻に陥りそうなキャラクタやシーンを上手に回避しています。ですからリズム感ある展開でサクサク読んでいけます。
 事件は,欲右衛門が残した『死の準備に関する備忘録』に記載された方法で,つぎつぎと起こります。途中途中に,登場人物たちの意味ありげな行動―とくに中学一年生の不登校児・高一の行動―が挿入され,サスペンスを盛り上げています。ただ,とくにメイン・トリックの部分では,伏線が見え見えのところがあり,「意外な真相」というには,ややインパクトに欠けるきらいがあります。またメインの事件そのものも全体のトーンからすると浮いたところもありますが,そこはキャラクタ設定と連動しているということで,良しとしましょうか。
 トリックの部分では,さほどの驚きはないものの,やはり,誰もが知っている古典的作品を巧みに利用した設定,また軽快な文体とストーリィ展開により,リーダビリティのある佳品に仕上がっていると思います。

 すでに第3作『探偵の冬あるいはシャーロック・ホームズの絶望』が,ハードカヴァで上梓されているとのこと。文庫化されるのは,また10年後かしらん・・・やれやれ(^^ゞ

00/10/22読了

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