東野圭吾『探偵ガリレオ』文春文庫 2002年

 「いかなる理由があるにせよ,エントリーを忘れるような選手は試合に出るべきではない。またそんな選手が勝てるはずもない」(本書「第4章 爆ぜる はぜる」より)

 帝都大学理学部物理学科第十三研究室の若き助教授湯川学が,友人で警視庁捜査一課の草薙俊平刑事から依頼され,不可解な事件を,科学的知識を用いて解明するという体裁の連作短編集。本巻には5編が収録されています。

 じつは本作品には偏見を持っていました。ですから,文庫化されてすぐに購入したのですが(東野作品は条件反射的に買ってしまう(笑)),しばらく積ん読状態でした。
 というのも,わたしは「科学トリック」を代表とするような「知らないとわからない系トリック」というのが,あまり好きではないからです。ミステリ,とくに本格ミステリでは,「犯人vs探偵」という作中における対立図式の背後に,「作者vs読者」という,もうひとつの図式が隠れています。いわゆる「読者への挑戦状」は,それが明示化されたものです。
 それゆえに,作者と読者との間には,知識における「フェアネス」が求められますが,それに対して「知らないとわからない系トリック」では,作者と読者との間に知識の懸隔が前提となっています。ですから,謎が解明されても,どうしても「ふ〜ん,そうなんだ」という思いが拭いきれません。下手すれば,作者の「知識自慢」という感じの作品にも遭遇したことがあります(まぁ,責任の一半は,科学オンチのわたしにもあるのかもしれませんが^^;;)。
 そんな理由から,「科学トリック」を「売り」にする本編に対しても,どこか斜に構えたところがあったわけです。

 ですが,本編を読んでみて,その偏見はうれしくも裏切られました。たしかに惹句通り,科学トリックがメインに据えられてはいるのですが,さすがこの作者,その配置の仕方が巧く,なによりも,その科学トリックに寄りかかることなく,ミステリ小説としてのおもしろさを,きちんと追求しています。
 たとえば,「第1章 燃える もえる」では,深夜の路上にたむろする若者の頭部が,突然,発火するという事件を描いています。本集中で一番楽しめたこのエピソードのおもしろさは,メイン・トリックよりもむしろ,読者を巧みにミス・リーディングしていく,丁寧に配慮された描写と言えましょう。また「第2章 転写る うつる」は,沼から浮かんできた奇怪なデス・マスクとアリバイ・トリックとが結びつけられています。一方,風呂の中で怪死を遂げた男の謎をあつかった「第3章 壊死る くさる」は,フーダニットを排し,冒頭から犯人側を描くことで,サスペンス色豊かなエピソードとなっています。
 「第4章 爆ぜる はぜる」の事件は,海を泳いでいた女性が,突如,爆死するという不可解なものです。この作品では,メイン・トリックが採用される理由,犯人がそこまで追いつめられる理由が,より大きな社会的状況との関連の中で位置づけられている点,本シリーズではやや異色な内容になっています。さらに「第5章 離脱る ぬける」は,「幽体離脱」というオカルティックな事件に,湯川が挑みます。この手のモチーフですと,幽体離脱によって犯行現場を“目撃”してしまうというパターンが多いですが,本編では,容疑者のアリバイを証明するという,使い方の妙が味わえます。また湯川の一言が,エンディングを「きゅっ」と引き締めているところも巧いですね。

 いずれにしろこの作者,やはり一筋縄ではいかないようです(<褒め言葉)。

03/06/15読了

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