ミステリー文学資料館編『「探偵倶楽部」傑作選 甦る推理雑誌7』光文社文庫 2003年

 「心を鬼にして,と言う言葉があるが,然し,鬼は鬼なりの感情を持つものらしい」(本書 宮野叢子「夢の中の顔」より)

 1950年から59年にかけて刊行された『探偵倶楽部』『怪奇探偵クラブ』『探偵クラブ』とも)からのアンソロジィ。11編を収録しています。
 気に入った作品についてコメントします。

香山滋「水棲人」
 パプア・ニューギニアの奥地で,“わたし”たち探検隊が見いだしたものは…
 主人公の,やや唐突な行為の理由を,ラストの一文でしっかりと着地させているところが,じつに心憎いです。いわゆる「秘境探検もの」において,「文明」と「未開」との関係をどのように描くかは,作者のスタンスや時代状況によって違うのでしょうね。
岡田鯱彦「密室の殺人」
 吝嗇家の老人が密室で殺害され,現場には怪盗「鯱先生」の名刺が…
 「鯱先生シリーズ」の1作のようです。ですから,単独作品としては,トリックに新味が欠けますが,シリーズものならではのおもしろ味を狙った観がありますね。
島田一男「検屍医」
 撲殺された老未亡人。犯人はその甥であることは明白のようだったが…
 この作品もシリーズものの1編でしょうかね? 主人公のテンポのよい会話が,ストーリィをサクサクと展開させていくところは,今風に言えばライト・ミステリ的な雰囲気があります。また主人公を医師にした点も作中で活きていますね。
大河内常平「人間(ひと)を二人も」
 惚れた女の仇討ちとばかり,組長を刺し殺した勘公は…
 終戦直後のダークサイドを生き生きと描き出した作品です。わりと陰惨なクライム・ノベルなのですが,軽妙な語り口が,ちょっと不思議な手触りを産み出しています。主人公の犯罪が露見するきっかけは,着眼点もよく,舞台設定を巧く利用してますね。
宮野叢子「夢の中の顔」
 若妻が見る奇妙な夢…そこに隠された真実とは…
 ここ数年の旧作再評価の流れの中で,この作者の作品がもっとも顕著だと思うのは,わたしだけでしょうか? 謎の構造は,途中で見当がつきますが,姉と弟との間で取り交わされる手紙の内容から,はらり,はらりと「幕」が落ちるように,真相が明らかになっていくストーリィ・テリングは巧いですね。
楠田匡介「探偵小説作家」
 湯治場に逗留する高利貸しが,密室状態で殺された…
 普通に(?)書けば,普通の密室ものなのですが(<ヘンな言い回し),構成にちょっと工夫を施すことで,ユーモアの漂う作品に仕上がっています。
土屋隆夫「りんご裁判」
 仲のいい友人のひとりが殺された。被害者の友人たちは推理を繰り広げるが…
 編者が,解説の中で,「事件÷推理=解決」という,この作者の言を紹介していますが,まさにその言葉がピッタリな作品です。巧妙に埋め込まれた伏線が光っています。ただタイトルにもうひと工夫ほしいところではあります。
山村正夫「絞刑吏」
 「他人になれる」能力を持った役者は…
 今で言えば「世にも奇妙な物語」を彷彿させる作品。「無責任」ゆえに狂気と残酷さをエスカレートさせる主人公の心持ちに,ネット社会の弊害を連想してしまうのは,考えすぎでしょうか?

03/12/05読了

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