日本推理作家協会編『探偵くらぶ(上)奇想編』カッパ・ノベルズ 1997年

 「探偵小説傑作選1946〜1958」というサブタイトルのついた本書は,江戸川乱歩,大下宇陀児,渡辺啓介など,戦後の,そしていわゆる「清張以前」の短編12編を集めたアンソロジィです。防空壕,闇市,浮浪児,買い出し・・・,敗戦直後の世相を背景とした作品が多いですが,それ以上に,ねっとりとした,戦前の「変格」のテイストが色濃く出ているように感じられます。独特の味わいがありますが,ちょっと読んでいて息苦しいところもあります。気に入った作品のみコメントします。

大河内常平「暫日の命」
 池尻繁二郎は,ずっとひとつのことを考えていた。大利根の蛭次は明らかに無実の罪で絞首刑にされようとしている。真犯人は別の人間なのだが…
 メインのトリックはそれほどではありませんが,そのメイントリックを支えるトリックが細々としていておもしろいです。また最後のどんでん返し(?)も心地よいです。一種の××トリックですね。
香住春吾「米を盗む」
 闇米屋に米を売ることに快感を感じる農婦・おとせ婆さんは,つい調子に乗って,供出しなければならない米まで売ってしまい…
 ユーモア感のあふれる作品です。なんとか不足した米を盗む出そうと四苦八苦する老夫婦と,娘のラブロマンスがうまい具合に絡み合っていて,結末で苦笑させられます。
香山滋「処女水」
 その醜い容貌のため生徒から忌み嫌われる理科教師。その教師の実験室の水槽で,女学生が全裸死体で発見された…
 この作品は,「気に入った」というより,あまりに突飛な“真相(?)”にぶっ飛んでしまいました。これじゃあSFだよ(笑)。さすが“ゴジラ”の原作者だけではあります。
狩久「すとりっぷと・まい・しん」
 親身に看病してくれる叔母を愛するようになった,療養中の“私”は,彼女に報いようと,ひとつの犯罪計画を練る…
 告白調でつづられる主人公の内面がなんとも鬱々としており,また妄想的で,少々げんなりするところがありますが,ラストがアイロニカルでニヤリとさせられます。タイトルは,重要なアイテムである薬品“ストレプトマイシン”に掛け合わせたものだろうと思います。「わが罪を暴露す」とでも訳すのでしょうか?
夢座海二「どんたく囃子」
 35年ぶりに訪れた博多。その日は,“あの日”と同じ,どんたくの夜であった…
 どんたくの祭囃子をBGMとして,35年前に起こったかもしれない犯罪に思いを馳せる主人公の姿が,情緒があっていいです。ただ博多どんたくの雰囲気を知っているかどうかで感じ方は,かなり違うかもしれません。わたしはかつて住んでいたので,楽しめました。
鷲尾三郎「姦魔」
 六甲の麓“沈山荘”。馬の遠乗り会の帰り道,土砂降りの中,女社長が感電死した。落雷? それとも犯罪?
 本作品集の中では一番垢抜けた感じのする本格ものです。探偵役・毛馬久利(けまきゅうり)は,どこか軽薄な感じもしますが,推理のプロセスはけっこうすっきりして,小気味よいです。メイントリックは,ちょっと「?」がつきそうな気もしますが,さりげない描写のなかに,重要な伏線を埋め込んでいるあたり巧いです。

97/09/27

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