香納諒一『ただ去るが如く』Cノベルズ 1998年

 5年前,組の幹部を殺害して大阪を後にした橋爪優作は,青果市場で働きながらも,万田十蔵と組んで,表に出せない金を強奪するという“副業”を営んでいた。そんなふたりに3億円を強奪するという,でかい“ヤマ”が舞い込んできた。だがそこには広域暴力団・共和会の影がちらつく。いま,巨額の現金(げんなま)をめぐって,アウトロゥたちの血が燃え上がる!

 こういった作品は,「ピカレスク・ロマン」というのでしょうか?
 主人公である橋爪と,ナイフ使いの殺し屋・市川剛,共和会系暴力団中根組の組長・中根太の3人には,かつて石和組の幹部をともに“弾いた”という因縁があります。そして5年の歳月を経て,それぞれの人生を送った彼らは,3億円をめぐって対峙します。さらに“ビジネス・ヤクザ”伊坂やら,橋爪たちが以前に所属していた石和組の組長の娘・ちづるやら,その恋人・充やらが絡んできて,3億円の金をめぐって血塗れの争奪戦を繰り広げるというストーリィです。
 その争奪戦に至るまでの経緯が,少々退屈な感がないわけではありませんが,いざクライマックスになると,橋爪,市川,中根それぞれの思惑と欲望,そして「信義」が入り乱れ,じつに緊迫感のある展開を見せます。とくに,ほとんど“壊れている”市川というキャラクタは,なんとも鬼気迫るものがあります。そこらへんの「見せ場」は楽しめる作品です。

 ただ,なんというのでしょうか,これはあくまで個人的なことなのですが,登場人物たち,とりわけ主人公に,どうも感情移入ができませんでした。というか,「よくわからない」という感じなんですよね。5年前に幹部を殺害,逃走した後,青果市場で黙々と働き,結婚もしている。その一方で,万田とともに,表に出せない金を強奪するという“副業”を持っている。そのことは女房には秘密。今回の3億円強奪にしても,熱意があるんだかないんだか,どうもいまひとつはっきりしない。石和ちづるになにやら含む感情を持っているようなのですが,それを顔に出さない。複雑なんだか,単純なんだか・・・
 典型的な「男は黙って・・・」といった感じのキャラクタなのでしょうが,正直,「なに考えてるんだろう?」という印象が強いですね。一昔前の任侠映画に出てくる高倉健の役回りに,ちょっと悪どさとハードボイルドをアレンジした,といったところでしょうか?(任侠映画って,あんまり好きじゃないからなぁ(^^ゞ)。

 ちなみに本作品は『このミス'97』の第20位です。

98/11/29読了

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