スティーヴンソン『スティーブンソン怪奇短編集』福武文庫 1988年

 『ジキル博士とハイド氏』『宝島』の作者として有名なこの作家さんの怪奇短編7編を収録しています。関係ないですが,わたしがはじめて買った文庫本が,新潮文庫版の『ジキル…』であったことを,ふと思い出しました。

「死骸盗人」
 解剖学の教授の助手を務めるフェティスは,おぞましい仕事に手をつけ…
 どこかで,今でも医学部の解剖用の遺体を手に入れるのはけっして容易ではないという話を読んだことがあります。日本では遺体に傷をつけることに対する拒否感は根強いですが,キリスト教社会でも,「最後の審判」のために遺体の損傷は忌避されると言います(現代はちょっと変わっているようですが)。その点で,本編における「死骸盗人」は,きわめて罪深く,おぞましい行為だったのでしょう。かてて加えて,そこに犯罪を絡めて展開されるストーリィは,日本以上に恐怖の物語なのかもしれません。
「ねじけジャネット」
 新しい牧師の元で働くことになったジャネットは,村中から嫌われている老婆だった…
 共同体から排除された老婆が「魔女」と呼ばれ,悪魔が「黒人」の姿をとるところに,時代性を感じさせますね。ジャネットの部屋から聞こえる騒音ののちに,サリウス師が見いだす光景のショッキングさ,さらに彼を追いかける,一種のゾンビなど,古典的ながら,ストーリィ・テリングは巧みです。
「びんの小鬼」
 願いはなんでも聞き遂げてくれるという,小鬼の入った瓶を買った男は…
 ジャンルとしては一種の「悪魔との契約」ものなんでしょうね。自分が買った値段より安く売らなければ手放すことができないという設定がおもしろいですね。夫婦の愛情もの的なストーリィでもありますが,押しつけがましくないところがよいです。
「宿なし女」
 船に乗ってやって来た“宿なし女”は,豪華な衣装や装身具を山ほど持っていた…
 外界から来た“異人”が富とともに災厄をもたらすというパターンは,洋の東西を問わないのでしょうね。ベースは,そんな「異人の祟り」というオーソドクスなものですが,強欲で,ふてぶてしい主人公オードのキャラクタが,とても印象深かったです。最後,“宿なし女”が残した衣装と装身具をオードが身にまとうのは,彼女自身の意志だったのか,“宿なし女”の意志だったのか…
「声の島」
 魔法使いの舅から逃れたケオウラは,小さな島へたどり着くが…
 「びんの小鬼」と同様,ハワイを舞台にした作品です。たしかに「怪奇」な側面もあるとはいえ,どちらかというと,ちょっと間抜けなお調子者の主人公が,思わぬ冒険を繰り広げる,ファンタジィに近いテイストを持っていますね。“声の島”で採った綺麗な貝が黄金や銀に変わるという設定も面白いですが,そこにたどり着いた主人公が「世間の人たちはおれに造幣局の話をしてだましてたんだ」と「発見」するシーンは,思わず笑っちゃいました。「海が塩辛いのは海底で臼が引かれているからだ」という民話を,なぜか思い出しました。
「トッド・ラブレイクの話」
 奇矯な振る舞いをするトッド・ラブレイクと喧嘩したタム・デールは…
 本編で描かれる断崖絶壁での鳥の捕獲という場面は,以前テレビで見たことがあります。ですから,高所恐怖症気味のわたしとしては,それだけでも怖いのに,“鳥”が命綱をつつくシーンは,肌寒いほどの恐怖を感じました。
「マーカイム」
 骨董屋を殺して金を探すマーカイムの前に現れたのは…
 前半,主人公が骨董屋を殺した直後の心の動揺や恐怖感,焦慮の描き方は見事ですね。鬼気迫るものがあります。ところが後半の「謎の人物」が登場してからは,くどくどしい会話が多くて,しかも抽象的な内容。「訳者あとがき」によれば,この作者を代表する「傑作」とのこと。う〜む……

02/05/24読了

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