泡坂妻夫『砂時計』光文社文庫 2000年

 10編をおさめた短編集です。「傑作推理小説」という惹句がつけられていますが,ミステリ色がほとんど含まれていない作品もけっこう収録されています。「亜愛一郎シリーズ」とか,「曽我佳城シリーズ」といったテイストを期待していると,肩すかしを感じてしまうでしょう。
 気に入った作品についてコメントします。

「女紋」
 友人の死んだ父親が,同じ紋を三度もしくじったという話を聞いた“私”は…
 本編からはじまる5作品―「女紋」「硯」「色合わせ」「埋み火」「三つ追い松葉」―は,作者の本業(?)である紋章上絵師の世界を舞台にした連作です。「オチ」は,一瞬なんのことかわかりませんでしたが,気がつくと,この作者の,余韻を漂わせた文章の巧みさにほれぼれしてしまいました。
「色合わせ」
 入院している友人を見舞った路男は,昔の恋人と再会し…
 こてこての恋愛小説です。根が朴念仁のせいでしょうか,「男女の機微」みたいのはピンと来ませんでしたが,ラストの一文にまいってしまいました。
「静かな男」
 真面目だけが取り柄の中年男が,銀行強盗になったのはなぜか…
 事件と犯人をめぐる人々の証言から成り立った作品です。こういった強迫観念にとりつかれた犯人の造形は,同じ作者の「亜愛一郎シリーズ」でもしばしば見かけますね。作者自身がもしかすると「その気」があるのかもしれません^^;;
「六代目のおねえさん」
 久しぶりに歌舞伎を見に行った“私”は,「六代目のおねえさん」のことを思い出し…
 エッセイ調の文体で,主人公の若い頃の淡い恋心が描かれています。ファジィなテイストのラストがいいですね。それとともに,「江戸という特別な感性を持った時代に生まれた芝居は,いつも真実より大きさが尊重され,常に善意よりも美が優先される」とか,「かねがね,芝居は祭だと思っている。…芝居が怪奇や殺人を扱っても,神を喜ばせる心を忘れないから,不愉快ではないのだ」といった歌舞伎評には,目が覚まされるものがありました。
「真紅のボウル」
 英一は,子供の頃に奇術師の見事な技を見て以来,奇術にのめり込んでいく…
 ひとりのアマチュア・マジシャンの一生を描いた作品です。主人公に対する暖かさと辛辣さの混じった視線がいいですね。「彼の一生はなんだったのだろう」と思わずにはいられないラストは,あまりに哀しいです。
「砂時計」
 親友の離婚した元妻と「見合い」した二見は,彼女と暮らすようになり…
 ストーリィの展開そのものは,ちょっと説明的なところがあって鼻白むところもありますが,冒頭で描かれるフェルナン・レジェ「死」と題された絵画の幻想的なイメージが,哀しいラストと重なり合いながら,この作者らしい「ひねり」も加えられているところが楽しめました。

00/05/02読了

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