井上雅彦監修『水妖 異形コレクションV』廣済堂文庫 1998年

 「異形コレクション」第5弾のテーマは“水”です。海や沼,水底に潜む魔,水の形をした魔,魔としての水そのもの(それは人間の身体の内なる水の場合もあります)を題材としたホラー短編26編をおさめます。
 気に入った作品についてコメントします。

村田基「貯水槽」
 引っ越し先の古マンション,水道の水の味がおかしい。屋上の貯水槽を覗いた“おれ”が見つけたものは…
 「貯水槽がおかしい」というネタは,ホラーはもとより,ミステリやサスペンスでも,何度となく取り上げているものですので,読む前は「ああ,またか」とも思ったのですが,そんな使い回されたネタから,斬新でグロテスクなイメージを紡ぎだしてしまうところが,この作者の凄いところなのでしょう。
安土萌「水底」
 (それ)は水の底で眠っているのだった。そして眠りを乱されるのが嫌いだった…
 「(それ)」とはいったい何ものなのか? 少年・雄二との関係は? いっさいが不鮮明で輪郭がはっきりしない物語。それゆえにこそ,いわくいいがたい恐ろしさが滲み出てくるような作品です。「そこには雄二のあずかり知らぬ惨劇が詳細に,しかし雄二の字で綴られているのだった」というフレーズが好きです。
草上仁「川惚れの湯」
 友人たちと温泉に行った由子。そこには奇妙な伝説があり…
 ネタ的はそれほど新鮮なものではないかもしれませんが,SFX映画を思わせる“異形”の姿が楽しいです。“水”にとって,人間の外側も内側も大差ないのかもしれません。
村山潤一「FAERIE TAILS」
 作者名として挙げられている村山氏の,エロチックなイラストも「ぞくり」ときますが,それとともに,「水際」と題された西村直子の文章―無邪気そうでいて,不気味な会話を囁き合う沼底の魔物たち―もグッドです。
菅浩江「蟷螂の月」
 ふとしたはずみで浮かび上がるイメージ,それは沼の真ん中の座布団ほどの叢の中で,月を見上げる早緑色の一匹の蟷螂…
 月の明かりの中に佇むカマキリのイメージが鮮烈です。そしてそのカマキリのイメージと主人公の“私”とが共鳴し,融合するときに訪れる不気味なエンディング。書かないことによって,読者の想像を掻き立て,書いてしまうよりもはるかに深い恐怖を与えています。本作品集で一番楽しめました。
ヒロモト森一「Mess」
 自殺の手助けを頼まれた殺し屋ワリオ。だが依頼した女の正体は…
 本作品集唯一のマンガです。ネタばれになってしまうので書けませんが,巷間に伝わる伝説を巧みに反転させた佳品です。
森真沙子「水の牢獄」
 高校時代の友人が海で死んだという。“私”は彼の葬式に出たあと,彼との思い出の海に足を向ける…
 ホラーというより幻想的なラヴ・ストーリィです。出てくる幽霊(?)はグロテスクですが,すでに失われたものとの,ほんのひとときの再会を描いたもの悲しい雰囲気が漂う作品です。
竹河聖「海の鳴る宿」
 恋人と別れ,ひとり旅に出た“わたし”は日本海に面した小さな民宿に泊まる。が,その夜,何物かに襲われ…
 オーソドックスな,じつにオーソドックスな“海の怪談”です。いろいろと趣向を凝らしたアンソロジィの中で読むと,逆に新鮮に思えるから不思議です。「船虫」のシーンを想像すると,ぞぞぞっときます。
倉阪鬼一郎「水妖記」
 両極地に隕石が落下。それ以来,水位は異常に上昇し,各地で怪魚が目撃されるようになり…
 まだ読んだことはありませんが,この作者は「怪奇俳句」をつくる俳人でもあるそうです。そんな作者の持ち味を十分に活かした不気味な作品です。俳句に添えられる詞書きの変化が不気味ですし,最後の「俳句」もじつにおぞましいです。

98/06/26読了

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