霞流一『スティームタイガーの死走』ケイブンシャノベルス 2001年

 復元された幻のC63型蒸気機関車“虎鉄号”。そのイベント走行の日,出発点となった東甲府駅で,死体が発見された。一方,東京へ向かう“虎鉄号”が2人組によって乗っ取られたうえに,猟奇的な殺人事件が発生! 犯人は誰か? そして乗っ取り犯たちの真意は? 「走る密室」と化した“虎鉄号”は吹雪の中をひた走る……

 この作者の作品の持ち味は,悪趣味とも言えるブラックなギャグを,さながらマシンガンの銃弾ように次から次へと繰り出し,その「煙幕」の中に伏線をまぎれ込ませることで,ラストで意外な真相を浮かび上がらせるところにあります。本編でもその特徴はしっかりと踏襲されており,冒頭から,登場人物の説明と合わせて,なんやかやと「小ネタ」がポンポンと休む間もなく飛び交います。加えてこの物語では,事件が矢継ぎ早に起こります。東甲府駅での殺人事件,列車乗っ取り,列車内での密室殺人,おまけに線路上での列車消失という念の入れよう(笑) 上に書いたギャグ,てんこ盛りの事件,さらに蒸気機関車や「中央本線」をめぐる伝奇などの蘊蓄が織り交ぜられ,スピード感たっぷりの展開になっています。
 そして,そんなおびただしい「煙幕」の向こう側から,本格ミステリの常道にのっとって,事件の真相が立ち現れてくるところは,まさにこの作者の独壇場といって差し支えないでしょう。「この作者のパターン」そのものです。

 しかしここまでであれば,良かれ悪しかれ「いつものパターン」として収束するのでしょうが,この作者,こういった展開が「自分のパターン」であることを十分に承知しているのでしょう,さらにもうひとつ「大仕掛け」を用意しています。その仕掛けは,この作者が,これまで何作かで培ってきた作風を巧みに利用したもので,ほかの作家さんがもし用いたら,仕掛けのための伏線が「見え見え」になってしまいかねません。
 しかし,エキセントリックでグロテスクなキャラクタを多用し,それが不自然でない「霞ワールド」を創り上げる作風であるため,それらの伏線は,読者の目を欺き,伏線に見えないようにしています。自分の作風を十二分に了解して,さらにその「上」を求めた,作者の「技あり!」といったところでしょう。
 おそらく『このミス2002』で第4位にランキングされたのも,そこらへんが評価されたのではないかと思います。

 ところで,わたしが一番「やられた!」と思ったのは,東甲府駅殺人事件の真相です。そのための伏線が引かれたシーン,本来ならばこの作者のブラック・ギャグがもっとも炸裂していいはずの場面なのに,なぜか妙に穏当。違和感,とは言わないまでも,どこか「ひっかかり」を覚えていて,それがラストで「なるほど!」と着地したのには感服しました。

02/03/03読了

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