遠藤周作編『それぞれの夜 現代ホラー傑作選第1集』角川ホラー文庫 1993年

 角川ホラー文庫の第1回刊行作品のうちの1作です(鈴木光司『リング』も同時に文庫化されています)。純文学系の作家さんを中心に10編を収録したアンソロジィです。

高橋克彦「遠い記憶」
 30年ぶりに,ほとんど記憶にない“故郷”盛岡を訪れた“私”は…
 「東北」「記憶」「母親」…この3つのモチーフは,この作者の作品で繰り返し取り上げられ,さまざまな変奏が描かれていますが,おそらくその中でもごく初期の作品でしょう。作中でも述べられているように「ジグソーパズル」のような記憶の回復が,終盤になって急転回していくストーリィは圧巻です。
三浦哲郎「楕円形の故郷」
 一緒に東京に出てきた女友達が,彼の前から姿を消し…
 同郷の女性に対する想いや,盆栽に見立てられた「故郷」など,現実の故郷に対する「距離感」は,地方出身者に,ある種共通する心情なのかもしれません。また本編は,最後に描かれたシーンのイメージ(あるいは作者が似たような寄植を見た経験)から端を発しているのではないかと想像させます。
黒井千次「音」
 作家の“私”は,仕事のために,友人の山小屋を借りるが…
 「幻聴」と言ってしまえば身も蓋もありませんが(笑),「耳が描く」という表現はおもしろいですね。圧倒的な「静寂」に耐えきれなくなったとき,「人の耳」は,勝手に「音」を作り出してしまうのかもしれない,と,妙に納得したりします。
河野多恵子「雪」
 彼女が雪を嫌い,恐れ,遠ざける理由は…
 「どこがホラーなのだろう?」と首をかしげてしまうところがありますが,そういった「枠」を取っ払ってしまえば,「雪」を介して,義母との関係−義母に対する執着と拒絶,愛情と憎悪,奇妙な連帯感など−に苦しみもがく主人公を描いた佳品と言えましょう。
澁澤龍彦「髑髏盃」
 酒盃を蒐集する男は,織田信長の「髑髏盃」の挿話を聞いて…
 舞台が江戸時代というせいもあるのでしょうが,『耳袋』のような「奇譚集」にでも入っていそうなテイストの1編です。
山川方夫「お守り」
 彼がいつもダイナマイトを持ち歩く理由は…
 「規格化の圧力」とは,つねに外部から来るものとは限りません。いつのまにか,気がつかないうちに「内面化」されてしまう場合も多々あります(いわゆる「自主規制」です)。本編の持ち味は,突拍子もない個性−ダイナマイト−さえも,そんな「規格化」の編み目に絡め取られてしまっている怖さにあるのでしょう。本集中,一番おもしろく読めました。
三島由紀夫「怪物」
 鬼畜のごとき老貴族が,脳出血で寝たきりとなり…
 他人を不幸にして恬として恥じない心性は,かつての貴族の「特権」だったのかもしれません。ならば昭和の時代に生きるこの主人公は,まさに「過去の怪物」であり,時代の流れの中で消えていくべき運命にあるのでしょう。あとには,他人を不幸にする勇気もなく,「他人の不幸は蜜の味」と嘯く庶人のみが残るのかもしれません。
阿川弘之「浴室」
 ホテルに戻ると,部屋のキーが紛失していた…
 主人公の「怯え」に彩られた「世界」へと引き込まれていきます。たとえそれが「怯え」による妄想だったとしても,その「怯え」の根幹−「負い目」がなくならない以上,いつその「世界」が蘇るか,主人公さえも知り得ないことなのでしょう。
吉行淳之介「埋葬」
 彼女に猫を譲った知り合いは,直後に自殺した…
 まったく関係のない事象にさえ,人は「意味」を見いだしてしまいます。それは「暗合」と呼ばれます。しかし逆にそれが「暗合」にとどまっている限り,同時にそれは思いもかけない「意味」をも人に与えてしまうのでしょう。
遠藤周作「その一言」
 見合結婚した妻には,ひとつの秘密があるという…
 本編の恐怖の核心は,妻の超常性にあるのではなく,操っていたつもりがじつは操られていた恐怖−それも逃れられないほどの「力」によって操られていた恐怖にあるのでしょう。

05/02/27読了

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