シンシア・アスキスほか『淑やかな悪夢〜英米女流怪談集〜』東京創元社 2000年

 倉阪鬼一郎・南條竹則・西崎憲といったそうそうたるメンバーを編訳者としたアンソロジィです。巻末に彼らによる鼎談が収録されています。サブタイトルにあるように,女流作家の短編12編を集めています。

シンシア・アスキス「追われる女」
 ミード夫人は,謎の男につけまとわれ…
 日本人なら,おそらく誰でも知っているであろう有名な怪談と,同一構造を持っています。まさに怪談の「基本原理」と呼んでも良いのでしょう。
メアリ・E・ウィルキンズ−フリーマン「空地」
 タウンゼント一家は,ボストンで格安の家を手に入れたが…
 幽霊屋敷ものです。安値で家を購入できたことにこだわる頑固な旦那の姿が,ユーモラスに描かれています。また「不条理な恐怖」として進んだストーリィが,ラストで鮮やかに着地するところがいいですね。
アメリア・B・エドワーズ「告解室にて」
 訪れたドイツの街で,“私”は奇妙な牧師と出会い…
 素材の古典性よりもむしろ,怪異の発端となった事件が持つむごたらしさを描いたクライム・ノヴェルとしての手触りが楽しめた作品です。
シャーロット・パーキンズ・ギルマン「黄色い壁紙」
 黄色い壁紙は,“わたし”を困惑させ,いらだたせ,そしてどうしようもなく惹きよせる…
 人は,偶然できた「形」の中に,なんらかの「意味」を見いだそうとする傾向があると言います。いわゆる「心霊写真」がその典型的なものでしょうし,子どもの頃,天井の木目に,さまざまな「もの」や「顔」を見たのも同様でしょう。そんな風にはじまった物語が,しだいしだいに「閾値」を超えていくプロセスを,淡々として穏やかな,理性的とも思える文体でもって描き出しているところに,この作品の真骨頂があるのでしょう。
パメラ・ハンスフォード・ジョンソン「名誉の幽霊」
 その屋敷に出没する幽霊は,けっして顔を見せないという…
 恐怖から逃れようとあとずさりし,気がつくと断崖絶壁の端に立っている…もしかすると恐怖のあまり,絶壁から落ちたことさえ気づかないことも,ときとしてあるのかもしれません。そんなお話です。
メイ・シンクレア「証拠の性質」
 再婚した男の前に,先妻の幽霊が現れ…
 素材そのものは,(おそらく)古今東西にあまねくあるものなのですが,ラストにおいて,先妻と後妻とのキャラクタが逆転し,エロティックな雰囲気をたたえながら幕引きを迎えるところが,一味違う仕上がりになっていますね。
ディルク夫人「蛇岩」
 荒涼たる城に住む母娘。彼らの前にひとりの男が現れたときから…
 物語の核心にあるものは「呪い」です。しかし本当に「呪い」はあったのでしょうか? むしろ「呪いがある」という強迫観念に「呪縛」された心が,二世代に渡って悲劇を引き起こしている,そんな感じがします。まさに陰惨な舞台が産み出した陰惨な事件なのでは?
メアリ・E・ブラッドン「冷たい抱擁」
 恋人の帰還を待ちきれず,他の男との結婚を迫られた女は自殺した…
 設定は,例によってきわめてオーソドクスな(今の目からすれば陳腐なほどの)ものですが,やはり圧巻は,パリの謝肉祭で,ひたすら踊り続ける主人公の姿でしょう。喧噪が次第に引けていく中で,“冷たい抱擁”を相手に踊るシーンは,映像的に鬼気迫るものがあります。
E&H・ヘロン「荒地道の事件」
 その荒地道に現れた,奇怪な幽霊の正体とは…
 初出年代はわかりませんが,心霊科学の盛行した19世紀末の雰囲気が感じられます。因果譚の多い本アンソロジィの中で,幽霊の正体を,太古の地層から蘇ったモンスタとしてとらえているところが,新鮮ですね。一種の伝奇ホラーの源流と言えるのかもしれません。
マージョリー・ボウエン「故障」
 クリスマス・イヴに願いをかけると叶えられるという宿屋で,青年は…
 不気味な怪異を描きながらも,笑みを誘うラストへ収束させるところは,「クリスマス・ストーリィ」の伝統にのっとったものなのでしょう。
キャサリン・マンスフィールド「郊外の妖精物語」
 B夫妻の庭には,腹を空かせた雀たちが集まり…
 おそらく戦争時における飢餓をバックグラウンドとした寓話なのでしょう。そういった点でいまひとつピンと来ないところもありますが,日常の中に「するり」と非日常が入り込んでくるスムーズさが,不可思議な手触りを産み出しています。
リデル夫人「宿無しサンディ」
 若い牧師からの緊急の手紙に応じて,老牧師は彼を訪ねるが…
 物語の眼目は,きっと,悪魔による災厄にあるのではなく,みずからの身を助けるために他者を「売って」しまうかもしれない牧師の,自分自身に対する恐怖にあるのでしょう。「悪魔」というスーパーナチュラルなモチーフを用いながらも,そこに描かれるものは,きわめて世俗的なものなのかもしれません。

04/03/21読了

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