結城昌治『死者たちの夜』角川文庫 1977年

 “わたし”紺野は独身の中年男,1DK住まい。仲間の7人とともに共同でビルの一室を借り,ポンコツ車を走らせる孤独で貧しい弁護士。そんな紺野弁護士を主人公とした,ハードボイルド・タッチの連作短編集です。

 この作者は,hiroo。さん@HARD-BOILED CLUBご推薦の作家さんで,はるか昔に1冊だけ読んだ記憶がありました。正月に実家に帰ったときに見つけ,今回再読です(内容はもちろん,タイトルさえも忘れていたので,限りなく「初読」に近いです)。

 本書のタイトル『死者たちの夜』は,収録された短編のタイトルからとったものではなく,各短編に共通する“色”―暗く,哀しい,モノトーンに近い“色”―を表したものと言えましょう。
 たとえば「暗い海辺で」では,失踪した少女の行方を追う紺野が,その果てに見たのは,「ボタンの掛け違え」のような愛憎の絡まり合いの末に死んでいく少女の姿です。「愛」と「憎しみ」というのは,一見相反するように見えて,じつはあい近しいものなのかもしれません。
 また「汚れた月」は,病気療養のため拘留執行停止中の殺人犯が殺されるという事件です。ガンで余命幾ばくもない男が,産まれてくる子どものために生きようとしながら死んでいく姿を通して,「生のアイロニィ」を鮮やかに描き出しています。
 一方,「白い猫と男がいた」は,妻が男と駆け落ち,夫は,逃げた男の妻と親しくなったが,そこに逃げたふたりが戻ってきて・・・という話。気弱な夫をメインとした前半は,どこかユーモラスな雰囲気があります。しかし最後に紺野が推理した“真相”は,意外であるとともに,やりきないものがあります。「夫婦」というのは,つまるところ「男女」の問題なのかもしれませんが,「家族」はけっしてそれだけでは収まりきらないものを含んでいるのでしょう。
 このほか「坂下の女」もまた,貧しい「坂の下の街」から抜けだそうとした女が殺された事件。「抜け出したもの」が「抜け出せなかったもの」を殺してしまうという救いのないエピソードです。

 「風の嗚咽」「外出した死体」は,ともに“意外な犯人”が登場するミステリ色の濃い作品です。
 前者は,無実と思われる男の部屋になぜ凶器であるナイフが発見されたのか,という謎に紺野が挑みます。弁護を依頼に来たヤクザから金を渡されそうになり,それを断った彼のモノローグ,「金が欲しくなかったわけではない。金で人を動かせると思っている彼の考えが面白くなかった」は,いかにもハードボイルドですね。
 また後者は,一度は発見された死体が姿を消してしまうというミステリアスなオープニングです。紺野が,小さな矛盾から真相を推理していくところは小気味よいです。

99/01/15読了

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