井上雅彦監修『屍者の行進 異形コレクションVI』廣済堂文庫 1998年

 『異形コレクション』第6集のテーマは「生ける屍」です。
 じつをいうと,本書を読む前に,「毎回楽しみにしているシリーズだけど,今回ばかりは楽しめないかもしれないなぁ」という懸念がありました。というのも,小説であれ映画であれ,いわゆる“ゾンビもの”というのはあまり好きではないからです。グチョグチョヌタヌタのスプラッタが肌に合わないというところもありますが,それ以上にゾンビというモンスタは,どうも「芸がない」と思うからです。ゾンビの行動パターンというと,「蘇る→うろつく→人を襲う→襲われた人間もゾンビ化する」,その繰り返しです。ですからストーリィ的にはどうしても単調な感じがしてしまい,「背筋がゾクリ」タイプのホラーが好きなわたしとしては,いまひとつ楽しめないのです(途中で放り出してしまったので感想文は書いてませんが,本書前書きでも紹介されているゾンビ・アンソロジィ『死者たちの宴』もそんな傾向の作品が多かったように思います)。
 ところが本書に収められている23編を読み終わってみると,もちろんJ・A・ロメロ風のオーソドックスな“ゾンビ”ものもある一方で,「生きる屍」を素材としつつ,かなり多彩な物語が紡ぎ出されているようで,けっこう楽しめました。やはりこのアンソロジィ・シリーズ,なかなかの曲者です。
 ですから以下にコメントをつける気に入った作品も,どちらかというと,「生ける屍」テーマの作品としては,ちょっと傍流的な作品が多いです(笑)。

安土萌「春の妹」
 春―すべてが蘇る季節。死んだ妹もまた…
 幻想的でいて,どこか不条理な雰囲気を持つ小品です。曖昧な設定にも関わらず,兄の妹を想う気持ちが鮮明に描き出されています。
篠田真由美「薔薇よりも赤く」
 従姉に押しつけられた用事で,イタリアの尼僧院を訪れた“私”は…
 「聖餐式」という,カソリックではもっとも清浄な儀式を逆手に取った作品です。前半に描かれたある光景が,ラストで効いてきて「ぞくり」とさせられます。
加門七海「虫すだく」
 秩父の山中で迷い込んだ寺には,ひとりの老住職と数限りない鈴虫が住んでおり…
 全編に響きわたる鈴虫の声,首だけで生きる驕慢な女,女のために罪へと走る僧侶・・・。一種独特の文体(語り口)で描かれる物語は,一幅の「地獄絵」を思わせる凄惨さがあります。作中「どんなに瀟洒な造りでも,虫駕籠は所詮,監禁の廬(いえ)」とありますように,僧侶もまた妄執と不死という「虫駕籠」に囚われた哀れな存在なのかもしれません。本集中,一番怖かった作品です。
小林泰三「ジャンク」
 人体改造が進んだ未来,ハンターキラーの“わたし”は今日も旅を続ける…
 医学における臓器移植,臓器の人工化が進む現代,わたしたちは,新しいタイプの「生ける屍」の出現に立ち会う可能性があるのかもしれません。それが極限まで進んだ,不気味な(現実化するかもしれない)未来を垣間見せてくれる作品です。
津原泰水「脛骨」
 “わたし”がバンドマンとして勤める店のホステスが事故に遭い,右脚が切断されたという…
 若い頃の「忘れ物」が,長い歳月ののちにもう一度手元に戻るという,比較的よく見られる話を,「生ける屍」というテーマを思いっきり拡大解釈して,せつない物語に仕立て上げています。淡々とした描写がかえってもの悲しい雰囲気を生み出しているように思います。
森奈津子「語る石」
 父親の書斎に置いてある小さな石。それは“私”だけに語りかけ…
 この作品も「生ける屍」を大胆に換骨奪胎した,もの悲しくもハートウォームな作品です。アフォリズムに満ちた,それでいて軽妙な「石」の語り口が楽しいです。
岡本賢一「死にマル」
 ある日“俺”は,法律により,突如死んだことにされ…
 「死にマル」というアイディアは不気味ですが,もし普通の短編集なり,アンソロジィであれば,それほど印象に残る作品ではなかったかもしれません。「生ける屍」というテーマをこういう風に解釈することも出来たのか,という点で驚きました。
菊地秀行「ちょっと奇妙な」
 同じ団地に住む千曲さんの奥さん。夫が失踪してから,彼女にはちょっと奇妙な雰囲気が…
 生者と死者,その境は奈辺にあるのでしょうか? 「死者のごとき生者」が「生者のごとき死者」に寄せる想いは,どこかアンバランスでありながら,やるせないものがあります。

98/08/28読了

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