シーリア・フレムリン『死ぬためのエチケット』創元推理文庫 2000年

 13編をおさめた短編集。作者は,『夜明け前の時』MWA最優秀長編賞を受賞した作家さんとのこと。
 気に入った作品についてコメントします。

「死ぬにはもってこいの日」
 寝たきりになった母は,元気なときに「そうなったら殺してくれ」と娘に頼んでいたが…
 以前,テレビで,「ぽっくり寺」というのを紹介していました。そこにお参りすれば「ぽっくり」死ねるということで,ご老人方の参拝が多いそうです。医学が発達し,栄養状態のいい現代社会においては,「死」はもちろん恐怖の対象であることを変えませんが,それとともに「死までの長い道程」もまた恐ろしいことなのかもしれません。そんな「長い道程」に振り回される92歳の母親と62歳の娘との皮肉な物語です。
「高飛び込み」
 45年ぶりに故郷に戻った老夫婦。夫は若い頃の思い出にひたるが…
 けっしてミステリ的な「オチ」ではありませんが,とにかく痛烈でアイロニカルなラストがたまりません。「男としてのプライド」の滑稽さに対するシニカルな視線は,女性作家ならではのものでしょうね。
「博士論文」
 小説を書くため,田舎のコテッジを探していた“私”は,ひとりの女に出逢う…
 短編集ではなく,雑誌かなにかに単独で発表されていたものを読んでいたら,もっと楽しめたのではないかと思う作品です。なぜかというと,本編は「もしかしたら超自然的なラストかも?」と思わせる展開なのですが,すでにいくつかの短編を読んでいるために,作品の「方向性」が感じ取れてしまい,「理」に落ちる結末が予想されてしまうからです。それでも,途中に挿入される「もしかしたら?」が巧く,ラストでのツイストが精彩を放っています。
「夏休み」
 未亡人になった最初の夏,彼女はどこにも旅行に行くまいと決心するが…
 そうなんですよねぇ,長期休みで旅行とかに行かないと「無駄に過ごしている」なんて先入観を持っている人って多いんですよね。「本人の勝手だろ!」と言い返したくなりますが(笑) 主人公の思いと周囲の「善意」との間で右往左往する主人公がコミカルですが,ラストはやっぱりシニカルです。
「ボーナス・イヤーズ」
 2週間の船旅で,イーディスはいつも通りに“友人”を見つけるが…
 「おそらくこういうオチだろうな」と思わせておいて,やはりそういうオチなのですが,それでいて,その直前に「あれ? ちがうのかな?」と思わせる展開が巧いですね。「なぜ彼女は,宝石箱の入ったバッグを持って,夜,甲板に出たのか?」という展開が,主人公の行動を導き出す理由になるとともに,ラストへの伏線になっているところがグッドです。。
「すべてを備えた女」
 仕事ばかりで妻を顧みない夫に,妻は狂言自殺をへだてるが…
 主人公の夫に対する不満が,じわりじわりと描かれていて,かなり息苦しい展開。ラスト直前,そんな主人公に襲いかかる疑惑と,その上でのツイストが小気味よいですね。傷つきやすい心を持ちながらも,端から見ると,タイトルにあるように「すべてを備えた女」に見えてしまうところが皮肉に満ちています。
「奇跡」
 「ねぇ,キリストは本当に海の上を歩いたの?」息子はそう問うと,思わぬ行動を取り…
 本作品集に通底するものは,痛烈なまでの「アイロニー」です。本編もまた,そういった意味できわめてアイロニカルな作品ではありますが,そのアイロニーを逆手にとって,ハート・ウォームなテイストへと上手に転化しています。外野が何を言おうと,両親にとっての「奇跡」こそ,本当の意味での「奇跡」なのでしょう。

02/06/20読了

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