木原浩勝・中山市朗『新耳袋 第六夜』メディア・ファクトリー 2001年

 なぜか『第一夜』から大きく飛んで『第六夜』です(笑)
 さて本巻は,9つのテーマ−「守」「来」「音」「話」「現」「視」「異」「妖」「居」−に分かれた9章より成っています。各テーマ,怪談の持つさまざまな側面に着目したユニークな設定で,怪談に対する著者たちの見識が現れています。

 「第一章 守にまつわる十二の話」では,なんらかのスーパーナチュラルな「守護」をめぐるエピソードを集めています。「第一話 乳母車」は,単なる偶然と言ってしまえばそれまでですが,ラストの一文,「数センチの差で,私は生きている」の主語は,「私たち」と置き換えることが可能で,わたしたちの「生」の危うさを,短い話で鮮やかに浮かび上がらせています。「第六話 風呂耳袋」は,風呂屋で耳にした意味深長な会話です。「日常」と「非日常」が同一地平で語られる会話が,不思議な手触りを醸し出しています。そして構成の妙が楽しめるのが「第八話 夫婦」です。「語り」における怪談の巧拙は,ラストの「オチ」をどのように演出するかにあるかと思いますが,本編では,最後の一文をめくったページの頭に配することで,ラストを巧みに盛り上げています。そのシンプルで,視覚的効果抜群の描写もいいですね。
 「第二章 来にまつわる十六の話」は,「訪れる怪異」「正体不明の来訪」を取り上げています。「異界からの来訪者」は,もしかすると人間にとって,もっとも核心的な「恐怖」のありようなのかもしれません。「第十五話 ドアの前」は,ホテルのドアの前に現れた怪異を描いています。「来訪者」の身体の一部のみがドアから見える,というシチュエーションが不気味さを増幅させていると言えましょう。「第十九話 ドライブ その二」のモチーフは,ドライブ中,山中で遭遇した怪異です。「四人は,最初の怖さも忘れ,鈴の音をもっと聞いてみたいという妙な気持ちになったという」の一文は,怪異に対する人間の「拒否」と「好奇心」という多義的な態度を浮かび上がらせていますね。「第二十七話 悪戯」は,実話というより,やや「作り物」的な感もありますが,その分,先の「夫婦」と同様,ラストにおいて,「すうっ」と背筋の寒くなるような怖さを産み出すところは,怪談として完成度が高いですね。
 「第三章 音にまつわる七つの話」は,タイトル通りのエピソード。「無いはずの音」がレコードなどに録音されるというのは,今では「都市伝説」の定型のひとつですので,やや陳腐な感は否めません。
 「第四章 話にまつわる四つの話」は,不可思議な「会話」をめぐっての話を集めています。「第三十七話 脇腹の傷」は,ある断片的な奇妙な会話を描きながら,その「背後」にあるかもしれない「なにか」を想像させる佳品です。また「第三十九話 約束」は,「幽霊話」であるにもかかわらず,どこか「お茶目」な感じのする祖母の幽霊と,それに対する語り手の感想が,ユーモア感あふれるエピソードになっています。
 「第五章 現にまつわる十六の話」は,怪異の「出現」をあつかった章。「第四十七話 うしろを向かないで」は,レコーディング中の歌手を襲った怪異です。怪異の理由も背景もいっさい不明ながら,その視覚的イメージがじつにおぞましいです。「第五十一話 こたつ その一」「第五十二話 こたつ その二」は,ともに同工異曲の話ですが,「こたつ」という日常風景のなかに「するり」と紛れ込んだ,いかにもありそうな内容だけにちょっと怖いです。
 「第六章 視にまつわる十一の話」中の「第五十八話 無縁」は,新たなタイプの「写真怪談」として,おもしろく読めました。「第六十話 墓石」は,落語にありそうなオチで,苦笑させられます。「第六十一話 部屋替え その一」「第六十二話 部屋替え その二」もまた,怪談の内容そのものよりも,ある怪異をめぐる家族内のやりとりが楽しいですね。その親にしてその子あり,といったところでしょうか(笑)。
 「第七章 異にまつわる四つの話」は,所属不明な異界譚4編。「第六十七話 終電」は,昔なつかしNHK少年ドラマシリーズ『タイム・トラベラー』オープニングで紹介されそうな「時間怪談」です。「第六十八話 柿の木」は,ブラックな小咄のような感じを受けます。
 「第八章 妖にまつわる九つの話」の「妖」は「あやかし」と読むのでしょう。妖怪話です。「第七十五話 狐風呂」は,妖怪と人間が共存していた昔のような,どこかノスタルジックなのほほんとした民話風のお話ですね。
 「第九章 居にまつわる二十の話」は,これまでのエピソードとやや趣向が異なり,あるマンションの一室をめぐる怪異をオムニバス風に描いています。いわばさまざまなタイプの怪異が頻出する「場」を描いた怪談とも言えます。「場」をめぐる因果話をも含みながら,それだけでは説明できない,それこそ「場所が悪い」としかいいようのない怪異が繰り返し登場します。「第八十四話 赤い三輪車」「第九十三話 ズルッズルッ」「第九十九話 携帯電話 後日譚その三」などが,シンプルでいて,「ぞくり」とする怖さを持っているエピソードと言えましょう。

 それにしても,なにが怖いといって,本書を夜中に読んでいるときに,突然,電話が鳴ったときほど,怖かったことはありませんでした(笑)

01/07/26読了

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