横溝正史『真珠郎』角川文庫 1974年

 この作者の戦前の作品2編を収録しています。

「真珠郎」
 同僚の乙骨三四郎に誘われ,信州を訪れた“私”椎名耕助は,「真珠郎」と呼ばれる妖しい美少年と出会ったのをきっかけに,凄惨な殺人事件に巻き込まれる。しかし,それは続く惨劇の序曲にしか過ぎなかった…
 この作者の戦前の作品というと,「鬼火」「蔵の中」といった,耽美趣味・怪奇趣味が横溢した変格探偵小説をまず思い浮かべます。この作品もまた,「真珠郎」という,悪魔のごとき奸計によって,殺人淫楽症に育て上げられた,妖しいまでの美少年が,つぎつぎと酷たらしい殺人事件を繰り広げるという,陰惨にして,一種の凄惨美をたたえた物語です。オープニングの,びっしょりと濡れた躰で柳の木に寄りかかり,周囲を万の蛍が飛び交うという,さながら一幅の絵を思わせる真珠郎の登場シーンは,全編を覆う耽美的雰囲気を象徴する鮮烈で幻想的なシーンと言えましょう。
 しかし本編は,この作者が戦後作品で開花させる「本格スピリッツ」もまた同時に色濃く漂っている作品でもあります。サイコ・キラー真珠郎の殺人劇として進行してきた物語は,終盤,ひとつひとつの殺人事件の背後に隠されていた意図が明らかにされるに及んで,その姿を大きく変えます。浅間山が噴火する中,湖上のボートから目撃される殺人,閉じこめられた部屋の鍵穴から垣間見られる殺人,のちの『犬神家の一族』を思わせる遺棄死体などなど,けれん味たっぷりの事件は,単なる耽美を目的としたデコレーションではなく,相互に有機的に結びついて大円団へと雪崩れ込むところは,すぐれて本格ミステリ的な展開と言えましょう(怪異を予言する老婆の登場や,地下洞窟内での冒険などは,『八つ墓村』に繋がりますね)。
 ただラストを,本格ミステリ特有の明解な謎解きではなく,犯人の叙情的な告白で幕引きさせるところは,その「本格スピリッツ」が十分に生かされているとは,残念ながら思えません。これもまた時代的なものなのでしょうか? しかし,素材的にも,ストーリィ的にも,のちの金田一耕助シリーズを彷彿させる点,戦後作品の予兆とも呼べるかもしれません。
(横溝正史の,きちんとした作品歴を踏まえた上での文章ではありませんので,その点,ご了承ください(_○_))

「孔雀屏風」
 戦地にいる従弟・久我与一から届いた一通の手紙と写真。それは久我家に伝わる“孔雀屏風”に秘められた謎に結びつき…
 江戸時代の「孔雀屏風」に描かれた女性像と,現代の写真の女性との奇妙な類似性,屏風の下張りにされていた恋文に端を発する時空を超えた恋物語,屏風をめぐる欲望などなど,伝奇小説的なテイストが強い作品ですが,それとともに,殺人事件とその皮肉な真相と,ミステリ的な味わいも盛り込まれています。
 1940年発表ということもあって,かなり戦時色が濃厚であることは致し方ないとしても,そんな制約の中で,精一杯,探偵小説的な雰囲気を醸し出そうとしている作者の苦労が見える一編です。

00/07/27読了

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