R・ファン・フーリック『ディー判事 四季屏風殺人事件』中公文庫 1999年

 舞台は中国,頃は唐代,山東省平来県の知事・ディー判事は,出張先から平来へ戻る途中,骨休みにと立ち寄ったウェイピン県で,殺人事件に遭遇する。さらに同県では不可解な自殺事件が発生していた。おまけに判事たちを尾行する謎の男。事件の背後にはいったいに何が隠されているのか? ディー判事の名推理が明かした真相とは?

 有名な「ノックスの十戒」には,「中国人を登場させてはならない」という一項があります。今からみれば,なんとも不条理な内容ですが,「十戒」が発表された1928年頃の欧米人にとって,中国人は,怪しげな魔術を駆使する,彼らの理解の外側にある民族と思われていたのでしょうね。
 しかし外交官でもあり,アジアに詳しいこの作者は,「君子,怪力乱神を語らず」とされる儒教の中に,欧米に優るとも劣らない「合理主義精神」を見出したのかもしれません。だからこそ,ディー判事という,じつに魅力的な名探偵を創造したのでしょう。

 さて物語は,ディー判事を迎えたウェイピン県のトン知事の不可解な行動から始まり,高い身分の女性の死体発見,謎の自殺を遂げた商人コーのエピソード,ディー判事と彼の部下チャオ・タイを盗賊と間違えてつけ回す盗人クンシャン,そのクンシャンの手引きで知り合った,ウェイピンの裏の世界の総元締め「伍長」・・・と,つぎからつぎへと新しい事態が出来,スピーディに展開していきます。とくに,盗賊と間違われたのをいい機会とばかりに,すっかりなりきって裏世界の情報を集める判事の姿は,どこか冒険活劇を思わせ,痛快です。
 複数の事件が輻輳しながらストーリィは展開していき,クライマックスの法廷の場面において,それらはきれいに結びつきます。それぞれに独立しているようでいて,少しずつリンクしながら,全体を構成していることが明らかになります。その全体像にいたる判事の推理は,ちょっと弱いかな,という部分もありますが,すっきりしていて楽しめます。
 しかしそれ以上に,法廷において明らかにされた真相の背後に潜む「悪意」あるいは「狂気」が,最後の最後になって,判事の推理によって告発されるシーンは圧巻です。この判事の告発によって,事件は,その具体的な枠組みを変えることなく,まったく異なる色彩を帯びます。その反転はじつに鮮やかで,思わず唸ってしまいました。

 このシリーズを読むのは,『中国迷路殺人事件』(ちくま文庫)に続いて2作目,『迷路』も楽しめた記憶がありますし,今回もラストのツイストに感心しました。ぜひこれからも,もっと文庫化してもらいたいものです。

98/05/28読了

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