山田正紀『少女と武者人形』文春文庫 1985年

 古本屋で見つけた懐かしい1冊。12編よりなる短編集です。
 作者名やタイトルはすっかり忘れているのに,ストーリィだけはしっかり心に残っているという作品が,どなたにでも,あるのではないでしょうか。本作品集を読んで,そんな作品が3編も含まれていたのに驚きました(単に記憶力がないだけか…)。
 気に入った作品にコメントします。

「友達はどこにいる」
 突然死んだ脅迫者は,脅迫のネタを書いた手紙を友達にあずけているという。彼はその友人を捜そうとするが…
 皮肉な物語,と笑い飛ばせることもできないことはありません。しかし,カレンダに○をつけて脅迫しに出かける老人の気持ちを思うとき,哀しくなります。「友達ってなんですか?」と問われているような気持ちになります。
「ネコのいる風景」
 「猫が死にそうだ」とうろたえる友人の電話で,“私”は猫狂いだった母親を思いだし…
 それは,老人のボケがもたらした妄想なのか,“私”の狂気のゆえなのか,それとも……というエンディングが恐ろしいです。とくに最後の「猫の寿命は…」というところで,背筋がぞくりとしました。ところで,この頃にはまだ「花粉症」という言葉はなかったんですね。
「ねじおじ」
 うまくいっているはずの仕事に疲れを感じてしまう小林。そんなとき,彼は“ねじおじさん”に出会った…
 ストーリィだけ覚えていた作品のひとつです。きっと“ねじ”は自分で巻かないとどうしようもないのでしょう。他人に巻かれた“ねじ”はけっして長続きはしないのだと思います。
「少女と武者人形」
 人が死ぬとき,武者人形の刀が血に染まる。少女はそれをたしかに見た…
 武者人形に託す少女の物狂おしい心が,エロチシズムに満ちた雰囲気で描き出されています。ラストが幻想的で,いったい語り手である少女は何者だったのだろう,と不安になります。
「遭難」
 ふと思い立ってバイクで遠乗りした石岡は,大都市を目の前にした山中で事故を起こし…
 「ストーリィだけ」のふたつ目。吹雪の雪山では,山小屋のほんの手前で遭難し,凍死してしまうこともあるそうです。周りが見えない点では人の心も,吹雪と同じなのかもしれません。ふと「都会の遭難者」もたくさんいるのではないか,と思いました。ところで,H市民から文句は来なかったのでしょうか(笑)。
「壁の音」
 もともと生きる気力に乏しい涼子は,死ぬ前に聞くという“壁の音”に耳を澄ます…
 「生者の世界は,死者がつかの間のまどろみの中で見た夢なのかもしれない」という発想がおもしろいです。
「ホテルでシャワーを」
 海外出張の帰途に立ち寄った東南アジアの某国。ホテルに行くためタクシに乗ったのだが…
 「ストーリィだけ」の3編目。なぜかこのストーリィは矢作俊彦の作品だと思い込んでいました。タクシというのは,たしかに,下手すれば恐ろしい場所に容易に変わる密閉空間ですね。タクシ・ドライバのブラックな嗤いが聞こえてきそうです。
「ラスト・オーダー」
 男は店の経営に失敗し,老人は死を考え,女は失恋に泣いていた…
 雪の夜,というのは,どこか魔法めいています。真っ白に覆い隠された“世界”から出てくるのは,モンスタの場合もあれば,この作品のように“希望”という花言葉を持った花弁の場合もあるのでしょう。本作品集のラストを飾る暖かい物語です。

98/02/10読了

go back to "Novel's Room"