海野十三『深夜の市長』講談社大衆文学館 1997年

 昼はかたぎの勤め人「浅間信十郎」,夜は探偵作家「黄谷青二」というふたつの顔をもつ「僕」の趣味は深夜の散歩。ある夜,散歩の途中で遭遇した殺人事件。警官に追われるところを助けてくれたのが「深夜の市長」を名のる謎の老人。それが「僕」の冒険の始まりだった。事件の現場に残された,磁気を帯びた懐中時計と十銭銅貨は,なにを意味するのか? 謎が謎を呼び,「僕」は,昼とは別の顔をもつ「夜のT市」を彷徨う。そもそも「深夜の市長」とはいったい何者か?

 いやはや,「ミステリ」というよりは「探偵小説」,「SF」というよりは「空想科学小説」,「アクション」というよりは「活劇」,そんな感じの作品です(もっとも初出が1936年ですから,まさに「そんな時代」です)。ご都合主義もなんのその,アップテンポに展開される奇想天外な物語は,まるで無声映画を弁士付きで見ているような気分です(あくまで「気分」です。本物を見たことはありません。当たり前か(笑))。とにかく主人公の眼前に奇妙な人物や,謎めいた事件が,次から次へと飛び出してきて,主人公とともに翻弄されるように,読み進んでしまいます。とくにクライマックスは,「はらはらどきどき」という,今では滅多に見なくなった擬態語が,すんなり出てきてしまうような,ケレン味たっぷりの楽しいものです。以前読んだ『蠅男』は,本格ミステリ仕立てで始まった物語が,少々「空想科学小説」的な結末を迎え,「そんなん,ありかあ」とちょっと鼻白んでしまいましたが,今回は「そういう作家なんだ」という自覚(?)のもとに読みましたので,十分楽しめました。人によって好き嫌いが分かれるでしょうが,わたしは好きですねえ,こういう大時代的な雰囲気を持った作品。

 ただ個人的な好みからすれば,夜は夜として,昼の論理から解き放たれたところで展開させてほしかったような気もします。紀田順一郎の解説によれば,連載中,2・26事件が起こり,構想に制約が加わった,とありますから,もしかすると,そのあたりが関係しているのかもしれない,と思ってしまいました。

 ところで,本書は200ページほどですが,値段が780円(税込み819円),文庫が安い,というのはもう過去のことなのかもしれませんが,それにしても,この価格はちょっと高いんでないかい? 楽しめたからよかったものの,これでつまらなかった日には・・・・。

97/05/19読了

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