長野まゆみ『上海少年』集英社文庫 1999年

 昭和11年から40年代を舞台にした短編6編を収録した作品集です。
 この作家さんのお名前は,ウェッブ上でしばしば目にしていましたが,これまで読む機会がありませんでした。掲示板で話題になったのを機に,はじめて手にした短編集です。いずれの作品も,透明なようでいて,屈折したものを内包した,不思議な手触りの世界を描いています。

「雪鹿子」
 未亡人の逸子は大の猫厭い。その彼女が“猫”を飼いだしたという…
 リアルとファンタジィ,淫靡と無垢,一途さと駆け引き,残酷さと純粋さ…異なるベクトルが混在し,交錯し,どこかこの世ならぬ雰囲気を持った作品です。「2・26事件」と同じ日の出来事であることが,その印象を強めているようにも思います。余韻ある,ちょっと肌寒くなるようなラストも好みです。
「上海少年」
 戦争で兄を失った少年は,親戚の家で肩身の狭い日々を送り…
 多くの童話的世界では,少女は最後に幸せをつかみます(「そして少女と王子は,末永く幸せに暮らしましとさ」)。しかしこの作品において,「童話的結末」が待っていたのは「少年」で,「わたしだけ,どうして我慢しなくちゃならないの」と,少女は世界を呪います。彼女の姿の方が,主人公の少年よりも,より鮮烈な印象を残しました。
「満点星」
 寸借詐欺で生計を立てる少年の前に現れた中年女性は,母親だと名乗り…
 母親であるのに,母親であると名乗れない,女の心理の揺れ動きを,淫靡な雰囲気を漂わせながら描いています。息子は単に,別れた夫の身代わりであったかのようなラスト・シーンには,言いしれぬ落ち着きの悪さを感じます。
「幕間」
 女優を目指す燈子の前に,弟を名乗る少年が現れた。彼にどうしようもない恋情を感じる彼女は…
 とどめることのできない恋情と,悪意の渦に翻弄される少女の姿を描いた作品です。最後に明かされる,おぞましいほどの憎悪に彩られた企みがショッキングです。けっこう楽しめたのですが,「新宿騒乱」を思わせるラスト・シーンは,ちょっと唐突な感が免れず,残念です。
「白昼堂々」
 知らないうちに替え玉受験をしてもらった従姉から,取引を持ちかけられた少年は…
 ミステリアスな展開で,果たしてどうなるのか,と思っていたら,要するにホモ・セクシュアルの話です(などと書いたら,長野ファンに怒られるかな^^;;)。いまいましいまでにリアルな少女に対して,少年がファンタジックに描かれているのは,この作者の特徴なのでしょうか?

98/07/19読了

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