早川書房編集部編『S-Fマガジン・セレクション 1981』ハヤカワ文庫 1983年

 「いつから人類は,自然とか歴史とかという単語と,肩を並べられる程大きな生き物になってしまったというのだろう……」(本書 新井素子「ネプチューン」より)

 1981年の『S-Fマガジン』に掲載された日本SFの短編13編を収録したアンソロジィです。ところで『SFマガジン』ではなく『S-Fマガジン』なんですね。

大原まり子「ほうけ頭」
 異端者の“彼”は,「ほうけ頭」と呼ばれていた…
 「未来史」シリーズのワン・ピースでしょうか? 一種のビルドゥング・ロマンとも,大原版「みにくいアヒルの子」とも読めます。膨大な空間と時間の中を翔んでいくほうけ頭のイメージには,硬質な美しさがあります。
亀和田武「夢見るポケット・トランジスタ」
 16歳のダニーの素晴らしい一日がはじまる。ナイスなDJとサウンドとともに…
 落ち込んだとき,疲れたときに映画『ロッキー』のテーマ曲を聴くという友人がいました。音楽には,そんな「効用」があるのでしょう。それをSF的奇想でグロテスクに肥大化させた作品です。SF的なヴァーチャル・リアリティとレトロなポケット・ラジオとのミスマッチがいいですね。
神林長平「抱いて熱く」
 “風”のために破滅に瀕した世界を,“ぼく”と桂子はひたすら生きる…
 「恋は障害があるほど燃え上がる」という古典的なモチーフを,SF的シチュエーションの中で描いた作品。どこか,不良少年のアナーキーでいて,せつないラヴ・ストーリィに通じるテイストがあります。やはり「愛の奇跡」はSFによく似合うようです。
岬兄悟「浴室の人魚」
 浴室に,突如,人魚が現れ…
 どんなに不条理で,ぶっ飛んだ状況であろうと,主婦の「現実主義」には勝てないようです(笑)
今日泊亜蘭「新版黄鳥墳(うぐいすづか)」
 20年ぶりに帰京した男が見たものは,すっかり変わってしまった東京だった…
 ストーリィそのものは,オーソドクスと呼ぶことさえためらわれるような古典的恩返し譚ですが,それを擬古文調でつづることによって,独特の新鮮さを産み出しています。作中でも触れられている泉鏡花の世界を彷彿とさせます。
火浦功「瘤辨慶二○○一−戦慄の人間アパート,タチバナ荘物語−」
 若いインターンが,外科部長から頼まれたこととは…
 この作者のデビュー作だそうです。上記,今日泊作品が擬古文調なら,こちらは落語調。映像的にはきわめてグロテスクなネタを,落語の体裁を借りて,スラプスティクな「バカSF」に仕立て上げています。
栗本薫「遙かな草原に……」
 “ぼく”たちが,不可思議な放浪惑星で出会った生き物とは…
 設定こそSFですが,むしろリリカルなファンタジィといった手触りを持った作品です。ミッキーの造形と,センチメンタルなラスト・シーンのせいでしょうか,少女マンガを読んでいるような雰囲気もあります。
氷見綾「ジギー・スターダスト」
 “季節風”が吹く頃,砂漠に囲まれた町にビルは帰ってきた…
 西部劇の世界をSFナイズ(というのか?)しています。メタフィクショナル的な,唐突な感が否めないラストは,よくわかりません。ちなみにタイトルの元ネタ,デヴィッド・ボウイのアルバム『Ziggy Stardust』は名盤です。
殿谷みな子「赫耶姫(かぐやひめ)異聞」
 月からの使いを待つ赫耶姫。しかし彼女の心には拭いがたい疑惑が…
 「日本最古のSF」とも呼ばれる『竹取物語』を,大胆に換骨奪胎して,赫耶姫と,老翁,老媼との葛藤をえぐり出すように描いています。とくに老媼との確執は迫力があります。一種の「アンチ・ファンタジィ」とでも言いましょうか? 後半,ちょっと説明的な文章が多いのが難ですが。
光瀬龍「雨ぞ降る−調査船報告2−」
 270年ぶりに雨期を迎えた惑星で,調査員リトルバラが見たものは…
 連絡の途絶えたステーション,主人公に襲いかかる謎のモンスタ,ステーションで見た奇怪な光景などなど,ミステリアスかつスピーディなストーリィ展開は,本集中,出色の作品です。主人公のタフな心に,暗い過去が蘇るシーンもいいですね。映像的には星野之宣の絵柄を思い浮かべるとフィットするかもしれません。サブタイトルにありますように,どうやらシリーズものの1編のようです。シリーズ全体を読みたくなりました。
森下一仁「先祖返り」
 オージは,肌に美しい“コウブ”も持たない醜くひ弱い“生まれぞこない”だった…
 既存の立場や価値観を逆転させるのも,SFのひとつの常套的な手法といえましょう。古典『地球の長い午後』などはその典型だと思いますが,本編も,人類を人類たらしめている属性を失った「人類」を描くことで,奇妙でいて,どこか哀しみと暖かさも感じられる世界を描いています。もしかするとこの作品も,シリーズものあるいは長編の一部なのかな?
眉村卓「蒼穹の手」
 彼は自分の“流れ”をマイナスに設定していた。みずからを痛めつけるかのように…
 読んでいて思ったのは,さまざまな宗教における苦行との共通性です。とくに世界そのものを一種の「幻」と見る仏教的な苦行。その一方で,現在のネット社会において,人がさまざまな「ペルソナ」を付け替えることで「世界」を作り出している状況もまた連想させます。
新井素子「ネプチューン」
 汚染された茶色い海から彼らが拾ったもの−それは「人魚姫」だった…
 『ひとめあなたに…』などにもありますように,設定こそハードSF的なものですが,そこに3人の若者+人魚姫=ネプチューンの恋愛感情をたっぷりと注ぎ込むことで,独特のリリシズムにあふれた作品に仕立て上げているのは,この作者の十八番といったところでしょう。それを踏まえての,ラストの歴史のSF的解釈はお見事。

02/01/20読了

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