泡坂妻夫『旋風』集英社文庫 1995年

 八星流柔術の使い手・織口哲は,何者かに首を絞められ,山梨の山中に捨てられる。鹿児島から上京してわずか1週間。いったい誰が自分を殺そうとしたのか? 九死に一生を得て蘇生した彼は,警察に頼らず,犯人にみずから復讐することを誓う・・・。

 2/3くらいまでは,おもしろく,さくさくと読めます。冒頭に示される奇妙な状況。素裸で山中に捨てられた主人公,首には絞められた痕。いったい誰が? ということで,主人公の回想シーンが次に続きます。
 鹿児島から上京した主人公。その目的は,いまでは廃れてしまった古武術・八星流柔術を再興すること。しかし世は国際ルールにもとづく「柔道」の時代。いったんは鹿児島へ帰ろうとする主人公ですが,東京で知り合った朱月院英樹と,その妹・奈澪。彼らに魅かれた主人公は東京にとどまります。しかし,柔道家として再出発を目指したはずだったのが,わずか1週間後,何者かに殺されそうになる・・・
 読者としては,冒頭に示された謎(なぜ,上京して1週間しかたっていない人間が殺されそうになるのか? 犯人は誰か?)ということで,この「回想シーン」に出てくる人物や,彼らの言動にかなり関心が向くんじゃないかと思います。英樹の母・は,いったんはに東京にとどまってほしいと頼みながら,なぜ急に鹿児島に帰れと態度をひるがえしたのか? 英樹奈澪との奇妙な関係はなんなのか? それにこの作者にめずらしい(スラプスティックではない)立ち回りシーンなどが挟み込まれ,回想シーンはテンポよく進みます。
 ところが,残り1/3,主人公を取り巻く謎が明らかにされるのですが,それが主人公の回想シーンとうまくマッチしない。いやこの作者ですから,回想シーンに出てくる人物たちの不自然な,奇妙な言動が伏線となっていて,きちんと説明されるという点では,つじつまは合うんですが,「結局,回想シーンはなんだったんだ?」という印象が強いです。で,その謎解きそのものにも,主人公はほとんどと言っていいくらいタッチしていない。謎を解くのは,主人公を山梨の山中で助けた男の娘で,ジャーナリストの采子ですし,また“事件”の当事者の告白で真相が明らかになったりします。
 要するに,主人公の性格設定とミステリとしての謎の設定とが馴染んでいないのではないかと思います。この手のシンプルな行動原理を持つ主人公であれば,もっと話そのものをシンプルにした方がよかったのではないでしょうか?
 また“真犯人”の側の行動パターンも,どうも腑に落ちないところがあったりします。××××だから主人公を殺そうとしたのに,なんでエンディングではさっさとあんな風な行動をとってしまうのか?(未読の方,ぜんぜんわからないでしょ,申し訳ありません)。そう,それとエンディングも後味が悪いですね。先にも書きましたように,2/3くらいまでは,テンポのよい展開で楽しく読めるのですが,残り1/3になると,がたがたになってしまっているように思えてなりません。
 背表紙の「あらすじ」によれば,「著者新境地の青春アクション・ミステリ」とのことでが,あまり成功しているとはいえないんじゃないでしょうか?

 前半2/3がおもしろかったので,顔マークは一応(-o-)にしました。

97/10/21読了

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