若竹七海『製造迷夢』徳間文庫 2000年

 「超能力なんか使わなくたって,わかりたいと思うひとのことはわかるものよ」(本書「逃亡の街」井伏美潮のセリフより)

 ものに触り,そこに残された人の思念を読みとる超能力−「リーディング能力」(最近では「サイコメトリー」という言葉の方が流通していますが)は,『少年マガジン』に連載されていた『サイコメトラー EIJI』のヒットのせいでしょうか,フィクションの世界ではかなり定着した超能力のひとつなのではないかと思います(たしか,サイコメトラーを主人公にした映画もあったと思いますが,どうしても思い出せません・・・けっこう有名な作品だったと思うのですが・・・^^;;)。

 さて本作品は,そんなサイコメトラー井伏美潮と警視庁猿楽署一条風太刑事が遭遇する事件5編を収録した連作短編集です。
 オープニングの「天国の花の香り」では,覚醒剤所持で逮捕され,拘置所で自殺した作曲家石原流名の死の謎を追うエピソードであるとともに,美潮と一条とのファースト・コンタクトを描いています。流名が逮捕された時刻,流名が別の場所でカセット・テープを残していたことが,美潮の「力」で判明,はたして「石原流名」とは何者だったのか? という謎が提出されます。「超能力」を用いながらも,巧みなストーリィ・テリングと丁寧な伏線は,この作者らしいテイストが存分に味わえます。
 表題作「製造迷夢」は,会ったこともない主婦に,「おまえはわたしを殺した」と噛み付いた少女。彼女は,その主婦に「前世」で殺されたと言い・・・という内容。設定が超能力だけでなく,このエピソードでは,さらに「前世」が絡んでくるというオカルティックな手触りに仕上がっています。二重三重に深まっていく謎,メイン・ストーリィの間に挟まれる断章との関係(この「断章」を挟むスタイルは全エピソードに共通しますが),ショッキングなラスト,と,本作品集では一番楽しめました。
 「逃亡の街」は,首都圏にまたがって発生する連続殺人事件の謎を,ふたりが追います。謎解きそのものは,ちょっと強引な感じがあっていまひとつでしたが,挿入される断章が,謎が謎を呼びといった内容で,ぐいぐいとストーリィを引っぱっていくところはうまいですね。また,冒頭に掲げたセリフのように,この頃から,しだいに怪しげ(笑)な雰囲気が漂いはじめる美潮と一条との関係も楽しみになってきます。
 「光明凱歌」は,マンションに不法侵入し,奇態を演じていた男が逮捕され,その男が麻薬を使っていることが明らかにされ・・・というお話。本作品集に,麻薬がらみの事件が多く取り入れられているのは,一条刑事が保安課在職という設定で,事件にスムーズに関わらせる上で,必要なことなのでしょう。日常生活という「皮膜」の,すぐ裏側に漂う悪意や狂気を描くのに長けた,この作者らしいビターなテイストのエピソードです。事件の結末と,ラストの断章が,その苦味を十二分に伝えています。また美潮と一条との心のすれ違いを,留守番電話を用いて上手に描いているところは秀逸です。
 ファイナル・エピソード「寵愛」は,エリート医学生が起こした傷害致死事件の背後に,美潮の影がちらつき,事件のきっかけは彼女が作ったのではないか? と,一条刑事が奔走する内容です。主人公そのものが事件の渦中に巻き込まれるという作りは,こういったシリーズもののエンディングとして,しばしば採用されるスタイルといえましょう。またこの作品は,前作と同様,事件の真相は後味の悪い仕上がりになっていますが,それはおそらく,作者が,「抑圧され同情される立場にある弱者も悪意を持つ」という,現実ではどこにでもありながら,フィクションではしばしば等閑視されてしまうシチュエーションを,えぐり出すようにして描いているところにあるのではないかと思います。

00/12/22読了

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